1人が本棚に入れています
本棚に追加
和音は、屋上にいた。
私の中の和音という人物は、クラスが同じという事だけで、あとは何も知らない。
父の突然の転勤で、通う事になった学校は屋上が解放されていると知って、担任にその話を聞いてすぐに行きたい衝動にかられただけで。
重く固いドアを開けて外に出てみると、男子生徒が一人。
それが和音だった。
声をかけようか、かけまいか悩んでその場に立ち尽くしていたら、私の気配に気づいたのか和音が振り向いた。
高校一年生にしては、どこか中性的で幼い顔立ち。
髪はどこも弄っていなく、きちんと規定を守っていて、どこか眠たそうな目をしていたという事が印象的。
「あ‥えっと、同じクラスだよね名前はたしか‥和音君」
失敗した。
担任から、名前を覚えやすいようにと前々から名簿は貰っていたのだが、私は和音の名前しか覚えていなくて。
そこは名前なんだっけ、とか言うべきだったのに。
勘違いされたらどうしよう、別に名前を呼んで気を引こうとかじゃないのだけれど。
ただ、和音という名前が私の中で響いてきたってだけで。
ちゃっかり一番最初に名前覚えちゃったりして。
名字も覚えておけばよかった。
「美咲」
「え‥」
和音はさらりと、私の名前を呼んだ。
本当にさらりと、言ったのだ。
"美咲"と。
「美咲だよね、名前」
「あぁ、うん、そう、美咲だよ」
名字を告げようとすればそれを遮るように和音が声を発した。
声は、あまり高くない。
「和音でいいから、美咲って俺も呼ぶ」
女子というものは、こんな言葉にもときめく物だ。
いいのか、和音。そんな事言っちゃって。
いきなり初対面の男子に名前で呼び合う事を義務づけられるなんて生まれて初めてだった。
いや、男子に名前を呼ばれるのは何人目か‥それでも右手だけでおさまる程の回数。幼なじみとかそれだけだ。
「わかった、じゃあ和音って呼ぶよ」
「うん」
最初のコメントを投稿しよう!