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一人の年老いた女性がある店へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
「あら栗(りつ)ちゃん、えーと……いつものを下さいな」
「はい、かしこまりました」
ここ古能美屋(このみや)は小さな老舗の和菓子屋。古色蒼然とした店内は仄暗く和の雰囲気を醸し出していた。
店の周りは沢山人々が行き交う活気溢れる商店街……だった。
いつのまにやら人の笑い声が人の叫び声に変わってしまったのだ。銃声が聞こえ、その遠くから殷殷たる砲声が轟く。
しかし、二人共その異常な音に悲鳴を上げる等という反応はしない。否、異常な音ではなくてこれが日常の音なのだ。
「はあ……一体この世はどうなっちまうのかねえ」
お婆さんが溜め息をつき、そして呟いた。
「昔はこんなのじゃなかったのよ そりゃハイテク化になり過ぎて色々大変だったわ けれどね、そんなの今と比べりゃ可愛いもんよ それに銃や武器は持ち歩いちゃ駄目な時代だったんだから」
饒舌を弄するこのお婆さんは古能美屋のリピーターさんだ。なのでここに訪れる度に同じような話をする。
笑顔で軽く、そうですか、そうなんですねと曖昧に相槌を打ちながら商品を綺麗にラッピングして袋に入れる。
値段を言う前にお婆さんはお財布からお札を一枚出して私に渡した。
そうして私はお婆さんに商品を渡す。
「あら、髪切ったの?」
「はい、ちょっと邪魔になってきて」
「そうなの 前のロングヘアーも可愛かったけれどえーと……ボブも似合ってるわね」
自然と笑みが溢れた。
するとお婆さんは笑って「栗ちゃんの笑顔はいつ見ても安心するわ」と言ってくれた。
「有り難う御座いました」
と丁寧に頭を垂れて私は元気良く言った。
良く常連さんが来て昔話をして下さるが私には分からない。何故なら無いからだ。治安が荒れ果てた今の記憶しか。幼い頃の記憶は薄く朧気で――。
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