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電話の相手は、女よりも上の立場であるのだろう。じぶんの持つ"情報"からはわからない曖昧な情報を、女は言うことはない。
「ええ、もし違ったとしても"計画"に支障はありません……はい、恐らく」
塔の周り約五十メートルほどをぐるりと取り囲んだ綺麗に刈り込まれた芝生を渡り切ったところで、女は脚を停めた。
目の前に、五メートルほどの有刺鉄線が立ちふさがる。しかもそこには、「三万V注意」の札がかけられている。
「これで私達は一歩を踏み出せる。ええ、すべては"楽園"(パラダイス)の為に」
女はそう言って電話を切った。
たいした意味もなく、空を見上げる。
晴天。雲も少ないからりとした天気だ。
だが、明日にはこの天気も崩れ始めると、今朝のテレビ番組でいっていた。
女が数秒間、じっと佇んで空を見上げていると、手に持っていた携帯電話が爆音を吐き出し始めた。
通話ボタンと同時に、スピーカーをonにする。
「もしもし」
「またせちゃったね。準備はいいかい?」
携帯から、音割れした声が漏れる。
高くはあるが、恐らく男。声質としては、子供のそれに近い。
女は振り返り、自分の「落ちてきた」塔を見上げる。開け放たれた窓が、風でギシギシと揺れていた。
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