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霞む視界で声のした方へと顔を向ける。
そこには心配そうな顔をして輪を覗き込む一人の少女がいた。
軽くカールした栗色の髪がよく似合うロシア系の少女。くりくりとした大きなブルーの瞳が輪を見つめている。
「あ、だ……ぐっ……」
大丈夫。
そう言おうとして、込み上げる吐き気に言葉を塞がれる。どうやらそうとうに「ヤバイ」状況のようだった。
「これはちょっと深刻ですわね」
困ったように眉を寄せる少女は辺りを見回すがひと気はない。
止まらない吐き気。霞む視界。
走る頭痛は意識を朦朧とさせる。
「あの、貴方って"キャンセル"系の能力ではないですね?」
ロシア系少女がワケのわからない事を聞いてくる。
はっきりしない意識だ、きっと聞き間違えただけに違いない。
「"キャンセル"系ではないのですよね?」
だがもう一度、少女は同じ事を繰り返す。
今度は間違いない。
少女は確かに"キャンセルケイ"だとかなんとか言った。
おわった。
輪はそう思った。この少女がもしかしたらこの頭痛と吐き気をなんとかしてくれるところに連れてってくれると期待していた。
そうでなくても、病院かどこかに電話でもしてくれることだけでも願っていた。
だが、どうやらこの少女は、"あっち系"らしい。
あっちが"どっち"かって?
そんなもん「電波」に決まっている。
輪は心のなかでため息をついた。そして、ため息をつくと同時に、吐き気と頭痛に対抗する気が失せた。
そうなってしまえば、人間とは弱い生き物である。
輪の全身から力が抜け、地面へと倒れ伏した。ゴツゴツとしたコンクリートの感触。
それを全身で感じながら、輪は意識の蓋を閉じた。
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