第一譚 棘に溺れた二人のアリス

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 自分に言い聞かせるように言ってみたが、その声自体が震えていて逆に不安感を増幅させるだけだった。雅は仕方なくその場で足を抱え込み、丸くなる。こうすると、少しだけ不安な気持ちが解消されるのだ。  まるで一人だけの殻に、籠っているような気がして。  雅をここまで追い詰める理由は、ただ一つ。それは、中学一年生の時にクラスメートから受けたいじめが原因。酷いことをしてきたり言ってくるクラスメートに、それをただ傍観して、心の中では楽しんでいる別のクラスメート。学校という言葉が聞こえるたび、あの冷酷な世界を思い出してしまう。  また、あそこに戻ったら。私は……  そこまで考えて、雅は首を横に振った。いつまでもうじうじとしている自分に、嫌気がさしたのだ。【あの時】のことは、【あいつら】が悪かっただけではない。私が巻き添えにしたせいで不幸になった人が沢山いる。だからこそ、私は今ここにいるのだ。  私だけが苦しんでいるのではない。  ここで立ち止まって居るわけには、いかないんだ。 「……よし。行こう」  雅は大きな声で自分にそう言い聞かせると、立ち上がる。自慢ではないが、切り替えの早さと人一倍の明るさが自分の取り柄だと思っている。 「一番嫌いな魔女から逃げられる場所が、二番目に嫌いな学校なんて、私も終わってるよなぁ」  あはは、と乾いた笑い声を上げながら、雅はノブに手をかけ、振り向いた。家の中は廃墟のように人影も生活感もない。ここが私の揺り籠で、また牢屋だ。  こんな場所に頼っているようでは、私も前には進めない。雅は再び自分に言い聞かせると、一言。 「……いってきます」  決して答えが返ってこない挨拶。それでも言わなければ、間違いなく雅は心の底から独りぼっちになってしまう。  それが紛れもない真実なのだとしても、だ。  雅はその言葉だけ言うと、扉を開き、家の外にでた。足が竦むかと思ったが、思いの外足が簡単に外に出てくれたのでほっとした。  外に出た瞬間、家の中の蒸すような熱気とは又違う熱気が雅の体を包む。太陽の熱い日差しが、雲一つ無い青い空から降り注いでいるのだ。  先ほどの曇天と冷たい風はどこに行ったのやら。現金な空の様子にため息を吐きつつ、雅は歩き出す。雑草のぼこぼこと出てきている無惨なコンクリートの道路だが、太陽が照り返してきて雅を襲った。 「暑……」
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