1032人が本棚に入れています
本棚に追加
名前に悪戦苦闘していると、声が聞こえて来た。平然と返してしまった雅だが、振り向いた途端、いつ現れたのか教壇横に立っていた青年に思わず悲鳴を上げた。
青年は驚き飛び退いた雅を見ても、一切無表情を崩そうとしない。黒の学ランに身を包んだ長身の青年で、中学生にしてはかなり大人びた印象だ。中学生が持っているには似合わない革張りの本を大きな手で持ち、棒立ちしている。
顔の輪郭を覆う癖のある漆黒の髪と高い鼻を持ち、奥二重の赤みがある焦げ茶の瞳が印象的だ。いや、髪の影故に茶色っぽく見えるが、本来の目の色は赤なのかもしれない。
……色素の濃い黒髪に色素の薄い赤目?
ちぐはぐな容貌に雅がぽかんとしていると、青年は漸く無表情とは違う顔を見せた。それは、怪訝と言う名の表情。どうも明るい表情を浮かべてくれない青年に取っつきにくさを感じ、此方から話しかけて良いものか、今更引っ込み思案になっていると。
「お前、何者だ? どうしてここにいる」
青年に、そう聞かれた。
言われて漸く、雅は自分がここにいるのは普通ではない、と言うことを思い出した。見知らぬ少女が突然自分の教室にいたら、驚くのも当然だろう。
取りあえず、自己紹介でもしておけばいいだろうか。
「は、初めまして。浅磨雅です。ずっと前に転校して来たんですけど……来たのは今回が二回目で……」
雅が転校生と告げると、青年は驚いた声こそあげなかった物の、大きく目を見開いた。やはり茶色ではなく赤い瞳だな、と思いつつ、そんなに驚くことだろうか、と雅は疑問に思う。
「転校生? お前が?」
「え? あ、はい私がですけ、ど……ってな、なな何っ!?」
青年が手に持っていた本を教卓に置き、手をその上に置いて雅の顔を突然じぃっと見つめて来た。
逃げ場を失った雅は、体を仰け反らせることで青年にぶつかることを避けたが、青年はそんな配慮など一切思いつかないほど真剣に雅の顔を覗き込んで来た。
吸い込まれそうなほど澄んだ真紅の双眸と目が合う。深く寄せられた眉が彼の思案の具合をよく表していたが、雅は兎に角背中が痛い。なんとかして青年の注意を引き離せないかと思った瞬間。
「こら神室[カムロ]君! 疑いグセやめなさいっていってるでしょ」
本の表紙が突然、青年の頭に物凄い勢いでぶつかった。ごんっ、という鈍い音が鳴り響いたのと同時に、青年の顔が痛みに歪んだ。
最初のコメントを投稿しよう!