第一譚 棘に溺れた二人のアリス

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「初めましてお嬢ちゃん。私は魔女、お前さんに【毒】を渡しに来た者さ。お嬢ちゃんはね、これから酷い選択をするんだよ」  その言葉は決して、私が忘却することを許されないもの。  悪夢の中で告げられた、一生私から離れることはないであろう心臓に突き刺さる薔薇の棘。  甘美であれば良かったのに、あの毒は悪酔いさせる赤葡萄酒の様な血しか齎らさなかった。  この会話だけで人生が狂わされるとは。今考えても笑ってしまうほど、下らなく、狂気に染まった会話だと言うのに。  けれどその言葉が、私に重い、重すぎる楔を打った。  私が悪夢のようなこの現実から逃れる術は、無かった。魔女は糸を張り巡し、不気味な悪夢に誘い迷いこませ、獲物を確実に捕らえるのだから。 「選択?」  私は眉を顰めて、魔女の言葉を復唱した。私が発した声は、まだこの世に生を受けてから数年とは思えないほどに刺々しい硝子の声だったに違いない。  しかし、魔女が私の声音に気を配ることはなかった。魔女は淡々と、神か人物か、どちらが描いたのかわからないシナリオを進めた。 「そうだよ、お前さんはお人形さんなんだ。世界に選ばれて迷いに誘われたアリスさ」  アリス。  その言葉を聞いて真っ先に浮かんだのは、【不思議の国のアリス】。一通り読んだ記憶があったが、あの本に特別な感情は抱かなかった。  登場人物には魅力を感じたが、夢落ちが気に入らなかった。無感動な終わり方、と思ったから。  悲劇でも喜劇でもない。終わりに【結果】しか求めなかった私には、到底理解のし難い物語。この世の全てに意味があり、理が存在すると信じていたからこその、【嫌い】だ。 「ここに2本の毒があるんだ」  物語を思い出していた私の前に、魔女が何かを差し出してきた。それは、手のひらに収まる二本の瓶。中には七色に輝く綺麗な液体が入っている。  私はその瓶を受け取り、目の前で揺らす。光を受けて煌めく綺麗な水溶液だが、その揺れ方は【水】とは言い難い、どこか不気味な動き方。【毒】と魔女が表現したことにも納得がいく、得体の知れ無さだ。  だが私は、不気味な水溶液よりも話し相手の方が気になった。声が嗄れた女物なので、老婆だろうと推測できる。小瓶を手渡してきた手は布に囲まれていて見えず、身長は私よりも高い。 「一つは自分を殺す毒。もう一つは自分以外の皆を殺す毒だよ」
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