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その言葉ですっかり不機嫌になったことを、覚えている。その一言で魔女の発する全てのことに興味を失い、下らない悪夢から目が醒めれはいいのに、と考える。
人の命を軽々しく扱う言葉を聞き、楽しめる人の方が稀だろうが。
必要ない。私がこの二対の毒に対して思ったのは、それだけだ。自分とは無縁の代物で、興味の対象ですらない。
────……つまらないオモチャの夢を見るなんて、私も随分……。
自分に対して失望すら感じつつ、私は首を横に振る。老婆に対し拒絶を示し、面白味のない悪夢を終わらせる為に。
「要らない」
当然の返答。私にはそれ以外の正答など見当たらなかった。
しかしその言葉を耳にした老婆の目は、大きく見開かれた。絶えず笑みを浮かべていた表情は酷く空虚になり、突然……憤慨した。
「甘えるんじゃないよ、このガキ!」
「!?」
薄汚い布に包まれた小さめの手が、怒りと共に私の肩を鷲掴みにする。的確に隙間をついてきた攻撃で骨が軋んで痛い。こんな穢らわしい老婆に触れられていること自体嫌なのに。
「何ですって!? 貴方こそ、突然何なのよ!」
当然私は、怒りを向け返した。悪意を向けられて生まれるのは、悪意のみだから。
だが、この老婆はそんな私の悪意さえ飲み込んだ。ぐっと近寄ってきたその顔が、私の姿を捕らえる真紅の瞳が、心臓のように痙攣する瞼が、荒れた唇の中から腐臭を吐き散らす口が、嗄れ、見るも醜い肌が。その全てが、私の怒りを飲み込み、恐怖に染め上げた。
その恐怖の全てを理解したかのように。老婆は……魔女は、私に決定を迫った。
「選べ小娘。選べ!! お前は【毒のアリス】。選択権があるだけ、マシなんだからね!!」
真紅の瞳と、戦慄に染まった漆黒の瞳が交差する。憎悪と畏怖、憤怒という【悪意】のみが、その時悪夢の中には蔓延していた。
慟哭。
その時私が感じていた感情を表せ、と言われたら、それしかない。まだこの世に生を受けてから短い時しか経過せず、脆弱だったその心臓の鼓動を守る為に、私は。
「わ、私は……私はっ……!!」
二つの毒のうち、どちらかの毒を選択して叫んでいた。逃れたいと言う一心から、正解のわからない一つの答えを、選択した。
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