第八譚 腐蝕の空の下で

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 二人が無我夢中で走った後にたどり着いたのは、今はもう生徒が一人も居ない、高校棟。まぁまぁな距離のあるここまでたどり着くなんて、よっぽど無我夢中で走ってきてしまったらしい。  高校棟の教室の中は、酷く殺風景だった。紫水晶に侵蝕されてはいるものの、教室の壁などがうっすら見える。だが、あるのは壁にかけられた黒板だけ。机などの代物は、全て撤去されてあるようだった。  長い間放置されていることが水晶越しでもわかる空間。その中に紅罪は神室を横たえさせた。 「それにしても……一気に色んなことが起こりすぎて、正直頭がパンク状態だぞ。【童話の再現】が目覚めてからと言い、目まぐるしいな……」  紅罪は雅からペットボトルを受け取ると、神室の横に座ってそう言った。  雅は教室の中に入るなり、座り込んでしまう。息が切れてはいたが、座らずに仕事をする紅罪の意気を賞賛したい思いに駆られつつも、体の疲れがあまりに酷くて、雅はぐったりと荒く息を吐き続けた。 「今日一日でも……凄かったよね。突然生布が豹変したり……神室が殺されたり……グリムも、なんだか様子違ったし……」  少し息のあがりが収まってから、雅は雅が言うと、紅罪はあぁ、と頷いた。 「虚村の死と、ホラーハイズの変化には驚いた。だが……王踊の変貌は、そこまで驚かなかった。あいつの抱える脆さは、何となくだがクラスメート達に伝わっていただろう。勿論、私にも……虚村にも」 「え?」  生布の脆さ?  そんな発言が出てくるとは思ってもみなかった雅は、目を見開いてしまう。 「王踊は年の割にはしっかりしているし、知能も長けている。だが……あいつの情緒はかなり不安定なんだ。お前はまだ時が短かったからあまりあいつのそう言う部分は見ていなかったと思うが、突然あぁなっても、驚きではない。……いや、流石に人を殺したのは……想定外だったが」  神室の遺体を見詰めながら、紅罪は少し参った様子で言った。  生布の抱える、脆い部分。それを雅は、全く見抜けなかった。勿論付き合いが浅いというのもあるだろう。だが、それでも雅はショックを拭いきれなかった。  生布があそこまで追い詰められる前に……なにか、出来なかったのだろうかと。追い詰められてしまった生布に、何かかけるべき言葉がなかったのだろうかと。  あの教室の中で今も眠って居るであろう彼女のことを思い、唇を噛み締めていると。
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