第一譚 棘に溺れた二人のアリス

5/49
前へ
/1464ページ
次へ
 それの正体を掴むより早く、少女は転んだ。顔面から、全くの無抵抗のまま。 「いっ……ててて……吃驚した……」  幸い、窓の下にあるベッドに顔面を強打しただけだったが、躓いた方の足が重傷。かなり固い物……そう、プラスチックと思われる物に躓いてしまったよう。 「これか……」  痛みを引き起こした原因は、ベッドの下に置いてあったプラスチックのケース。中にCDが収められたそのケースが、無数に部屋の中で転がっていた。床に転がっているのは、CDケースだけではない。本や衣服、文房具。ありとあらゆるものが、棚という場所から出てきてしまっている。  足の踏み場もないよ……。  それなりに広いはずの部屋は、散らかった物のせいで物凄く狭く見える。足の踏み場など一切見つからない部屋に、少女は呆れながら窓を閉め、ベッドに座る。冷え切った体を多少温める為にタオルケットを被ると、足の怪我を見た。幸い、微かに血が滲んでいるだけで掠り傷の部類だ。  無事を確認した後、少女はもう一度部屋の中を見回す。 「今回は棚ごと壊れてないだけマシだな。うん。そう言うことにしておこう」  荒れに荒れ果てている部屋の酷い惨状を目にしながらも、少女は諦めと自分への苦い嘲笑を混じらせた風貌をみせる。幼さのまだ残るその顔には似合わないほど、達観した表情だ。  長い黒髪と二重の大きな瞳が印象的な、小柄の少女。髪は腰につきそうなほど長く、毛先にかけられた縦巻きのパーマがなければ、間違いなく腰を超えるだろう。ドライアイの黒い瞳は、眠気とドライアイのせいで何度も瞬きを繰り返す。  顔立ちはそれなりに【可愛い】の分類に入るのだろうが、何せ口調や行動が乱雑で男勝りなのが難点。もっとも、少女はこの行動を直そうという気持ち自体持ち合わせていなかったが。  夏ということでタンクトップに短パンだけという安易な格好から出ている四肢は、今にも折れてしまいそうなほど細い。華奢、といえば聞こえがいいが、度を越しているような細さが、不健康さを滲み出させていた。  少女の名前は浅磨雅[アサマミヤビ]。  中学二年生にして山奥の村で一人暮らしをしている、少し変わった生活を営む少女だ。とある理由により半年前から親元を離れて祖父母に育てられていたのだが、その半年の間で祖父母にお迎えが来てしまい、結局一人暮らしになってしまった。
/1464ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1032人が本棚に入れています
本棚に追加