第一譚 棘に溺れた二人のアリス

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 とはいえ、別に一人暮らしを嫌っているわけではない。もちろん家事洗濯など面倒なことはたくさんあるが、それを抜きにしても一人暮らしというのは気が楽でよかった。  例えばそう……数日置きのペースで悪夢を見て夜中に暴れ、部屋をめちゃくちゃにしてしまっても、誰にも叱られることはない。  そしてその悪夢を見る日が、今日だった。雅は思い出したくもない悪夢を、目の前の惨状のせいで再確認させられていた。部屋の中にあるものが何でもかんでもひっくり返っているこの現状は、雅が自分自身でやったこと。いくら綺麗に整頓しても、悪夢を見るたび自分でぐちゃぐちゃにしてしまうので、最近は片づけることすらなくなってしまった。 「あーぁ、不意打ちだったな……一昨日見たばっかりだったから、気抜いてた……」  雅はベッドの上で一人ぼやきながら、立ち上がる。足の痛みが軽減したことで、悪夢の内容が頭の中に蘇ってきてしまった。  雅が見る悪夢は、毎回同じだ。魔女が出てきて、お前は【毒のアリス】だと言い、二つの選択を迫ってくる。その選択肢が、最悪なのだ。  一つは、自分を殺す毒。もう一つは、自分以外の他者全てを殺す毒。  雅は無言のまま右手をあげる。殺害する相手を選んだ、その手を。 「自分か、他人か……」  究極の、そして少なくとも雅には答えの分からない問い。そんな重大な選択をしたのに、どちらを選んだのか分からない自分に苦笑いしながら、今にも黒く歪んで見えそうな天井を眺めた。  この夢はただの悪夢ではない。雅は確かにこの経験を現実でした。その事を忘れないようにずっと……ずっと【魔女】は雅を悪夢で苛むのだ。 「ただの悪夢だったらいいんだけど……そんなわけ、無いんだよなぁ」  そして、雅がこの悪夢に悩まされる最大の理由は、この悪夢が雅の過去で起こった事実だということだ。つまり、雅はこの最低な毒のどちらかを、自分の身に確かに孕んでいる。  オカルトなどの話が嫌いで、魔法や超能力の存在など全く信じていない雅だが、魔女という存在だけは信じていた。しわがれた声、不気味な強制力を持つ言葉、そして悪夢として延々と雅に蔓延り苦しめてくる存在。それが魔女でないというのなら、いったい何なのだろうと逆に問いたくなる。  更に言うと、雅にはもう一つ嫌な事実がある。
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