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それは、自分がどちらの毒を選択してしまったのか、覚えていないこと。
雅は確かに魔女から毒の入った瓶を受け取り、その毒を飲んだ。間違いなく、この体には魔女の毒を孕んでいる。だが、その毒が一体どちらの毒なのかを覚えていることが出来なかった。
自分が、どちらの死を望んだのか。それが、わからない。
「……あー、考えてたら嫌な気分になってきた。もう考えるの止めよ、今日は人と会わなくちゃならないんだから……」
雅は自分にそう言い聞かせながら、掛け時計を見た。時計が指示しているのは、七時。雅がこれから向かう中学校は、始業前のHRが八時半ごろのはず。今から準備して行けば、十分間に合うだろう。そう考えた雅は、足の踏み場もないほど散乱した部屋の中を、つま先で歩いてクローゼットへ向かう。
人と会う予定。そんなものがあるのは一体何か月ぶりだろうかというほど、珍しいことだった。とはいえそんな大仰なものではなく、転校してから一度自己紹介の為に行ったっきり、一度も足を運んでいない中学校に書類を提出しに行く、ただそれだけのことだ。担任が忙しいやらで取りに行けないので、ちゃんと来るように、と添付された手紙で釘を刺されてしまった。
雅は、簡単に言うと不登校だ。この村に引っ越してきたのも、前通っていた中学校で少々問題が起こり、居づらくなってしまったため。その問題が原因で、家族との間もさらに疎遠になってしまった。まぁ、家族のほうは放っておいてもいつかはおかしくなっていたのだろうな、という感じだが。
クローゼットを開くと、その中には雅が以前通っていた中学校の制服が入っている。山奥であり、まともな生徒数もない柩見村の学校には、そもそも制服というものが存在しなかった。来るときには、どこかの学校の制服、もしくは風紀を乱さない服装、と言われた。
風紀を乱さない服装、と言われてもあまり思いつかないので、以前の制服を着るつもりで服を取り出す。取り出された制服は、所謂ブレザー型のもの。シャツ以外、ネクタイも含めすべてが黒で統一されている。それもそのはず、雅が以前通っていた中学の名前は【黒海】。全部が黒でも仕方ないだろう。
以前の中学校には嫌な記憶が多いが、かといって制服を見たくないと犬猿する気はない。それに、今この制服がないと着て行くものがなくて困る。
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