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雅は手早く服を着替えると、ブレザーと書類を突っ込んだ鞄を手に、自分の手で荒れさせてしまった部屋を出た。部屋の中は寝る前に窓を開けていたのでそれほどではないが、今は夏。一応は持っていくが、ブレザーは流石に暑いだろう。
生緩いフローリングを裸足で踏みしめ、雅は一階へ向かう。ぎしぎしと階段が年期を感じさせる軋みの音を響かせた。耳にその音が異様に木霊し、全身に古さが染み渡ってくるような気がする。
雅が住んでいる村の名は、柩見[ヒツギミ]村。廃村に近い人の少なさで、住んでいる住民も圧倒的に老人の方が多い。そんな村に雅は、捨てられた。親の所在も住所もわかり、仕送りもされている捨て子だ。
「あ。カーテン閉め忘れてた」
リビングに入ると、独り言がやけに響く。一人暮らしが長いせいで、最近は独り言が多い。この癖を直さなきゃなぁ、と思いながら雅は頬を掻きつつ、リビングの中を歩く。
雅が今住んでいる家は、一人には大きすぎる家で、リビングにも家具が揃いすぎているほど。尤も、祖父母と住んでいた頃も祖母は宗教、祖父は博打にはまり、殆ど顔を会わせなかったが。
家庭崩壊と言えばそれまでだが、祖母の信仰は見慣れていたし、祖父も破綻するほど金を費やしていた訳ではない。定年退職後の楽しみに浸りすぎ、家族を疎かにした、それだけのことだ。
リビングを含め十は部屋のあるこの家だが、祖母の信仰グッズ置き場と担っているのと雅の掃除の足りなさで、使い物にならない。事実使用しているのが自室とリビングだけなのだから仕方がないが。
一人には寂しいダイニングテーブルと陶磁器が飾られたキャビネット、祖父が景品で貰ってきた最新型のテレビにソファー、そして雅の散らかした本。キッチンも広く道具は一式あるが、わざわざ料理をする気にはなれない為、殆ど使用されていなかった。
何か少し口にした方がいいかな、と思ったが、残念ながら起きたばかりでお腹が空いていない。HRが始まるより早い時間につくだろうと思い、テーブルの上に乗る菓子パンを一つとると、鞄に突っ込んだ。
キッチンを通り抜け、その後ろにある扉を開くと、中には洗面所がある。風呂が隣にあるので面積が広く、上半身を全て映せる大きな鏡が雅を出迎えた。
「…………」
その鏡に映る人影は、信じられないほど上から下まで真っ黒な影。まるで退廃の堕とし子のような人影の正体は、……雅。
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