10人が本棚に入れています
本棚に追加
「ただいま……」
松野屋で散財させられた僕は
自宅のアパートに帰りつくと、
いつものように覇気のない声で
言った。
そしていつもの如く「おかえり」という返事はない。
台所に行くと、お母さんが既に仕事から帰っていて、
リビングのソファーベッドで寝転がっていた。
お母さんは大手電器店の社長秘書をしていて、
いつもはこんな時間帯に家にいることはないのだが、
今日から社長が家族旅行に出掛けるということで
早く仕事を切り上げられたらしい。
「徹(とおる)……。郵便受け、回覧板とか何かあった?」
お母さんはこっちを向かないまま、少し細い声で僕に聞いてきた。
「え? あ…、ゴメン。見てない」
お母さんからの突然の質問に
僕はちょっと返事に窮しながら
答えた。
お母さんは僕の返事を聞くと
一度大きな舌打ちをして
再び寝息をつきはじめた。
これはお母さんからの
『見てきて』の暗黙のサインだということが
これまでの経験で分かる。
最初のコメントを投稿しよう!