2657人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は頷くと、スタスタと歩いていく。
「貴方の名前は?」
「レイヴンと言います」
――レイヴン摘み出せ
あの時の名前だと気が付く。変わった名前ではないが、アリスラーナではなかなか聞かない名前なので印象が強かった。
「街屋敷〔タウンハウス〕だから一人でどうにかなると思ったのになぁ」
苦笑しか漏れてこない。
「テレーズさんも最初は迷子でしたよ」
小さな声でつぶやいたつもりだったのだが聞こえてしまったらしく、少しこちらを見ながら彼はそう告げた。
「そうなの?」
しっかりした印象を与えるテレーズが迷子になっている姿など想像もつかない。ようやく朧気なイメージが出来て、笑いがこみあげた。
「レイヴンは耳がいいのね。イレーヌと一緒だわ」
「イレーヌさんと?」
ああ、同僚だから名前を知ってるのは当たり前か。
「彼女も耳がいいのよ」
「奥様は?」
「私は普通よ。よくもなく悪くもなく、そこそこね」
「それは壁の向こう側の声も聞こえますか?」
言いにくさも、嫌味も何もない純粋な疑問を投げ掛けられて思わず戸惑う。
最初のコメントを投稿しよう!