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硬直したレティシアをよそに、レイヴンは立ち止まってこちらに向き直る。
「奥様は聞こえましたか?」
含みなんて感じさせない静かな問いに答えられない。含みがないから、はぐらかせないし、嘘をついてごまかすことも出来なかった。
「何してるんですか、レイヴンさん」
刺のある声が飛んだ。声音はそのまま持ち主の感情を表していて、ミッドナイトブルーの瞳には警戒心が刻み込まれている。
「王宮〔ブラックスワン〕から登城命令が。お着替えを」
簡潔に言って、イレーヌはレティシアの腕を珍しく強引に引いていった。慌てて振り替えるとレイヴンは早足で別の方向へ向かっていく。きっとジェラルドの身仕度だ。
「どうしたの?」
「いえ、強引に腕を引いてしまってすみませんでした」
イレーヌはレティシアに謝罪を述べて、ドレスの支度を始めた。
レイヴンと顔合わせの時に、何かあったのかもしれない。
他のポーラ、エイプリル、フィリスはイレーヌのぴりぴりした空気にあまり気付いていない。いや、気付いていながらあえて無視しているのだ。
三人が作り上げる朗らかな雰囲気を少しでも邪魔しないように、場の空気に溶け込むべく、レティシアは大きく息を吸った。
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