第一幕 深淵なる時の声

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   考えに耽っていた楓の背筋をぶるりと悪寒が走り抜けて行った。 「…う~…分かんないもんは考えるだけ無駄だな!」  ぶるぶると頭を振り、夢を脳内から追い払う。 「よっ!」  ベッドから飛び降り、部屋を出た。  ペタペタとフローリングの廊下を裸足で駆け、洗面所で顔を洗う。朝の用を済ませると、また自室に戻った。  顔を洗ってスッキリした楓は、壁にかけられた真新しい制服を手に取りスウェットから制服に着替える。  チェックのスカートに白いブラウス。黒に近い濃い紺色のブレザーを羽織りストライプ模様のネクタイを着けて、部屋のすみに置かれた姿見の目の前に立った楓は、照れくさげにスカートの裾を持ち上げた。  新1年生らしい初々しさに思わずはにかみつつ、ブラシで寝癖を梳かしたが、やはりぴょんと跳ねたてっぺんの一房だけは強情だった。  楓は学校指定の鞄を持つと、部屋を出てリビングへと向かった。  壊れて開きっぱなしの扉をくぐりリビングに入った楓は、母と妹に元気よく声をかけた。 「おはよう!母ちゃんに香澄(かすみ)!」 「おはよう」 「おはよー!」  母も楓と同じくらい小柄だ。ストレートの髪は肩までで、フロントから後ろまでを同じ長さに真っ直ぐ切り揃えている。キッチン脇のテーブルの椅子に座る妹は長い髪を2つに結っている。 「あれ?カケルは?」  弟の姿がないことに気づきテキパキと朝食を作る母の背に問いかける。 「お友達に用事があるとかでもう出かけてったわよ」と母。 「なるほど」と肯いた楓は、ソファーに鞄を置くとリビングと隣接している和室へと入った。  仏壇の前に立つ。リビングからも見える位置に置かれた仏壇の中に写真は2つ。1つは祖母で、もう1つは父親だ。  線香を上げて手を合わす。 「父ちゃん、ばあちゃん、今日からウチ高校生だぞ」  優しく笑う2人に、楓もニコリと笑ってリビングへと戻った。
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