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「あ、美和が出てきたわよ」
ぼんやりとしていた楓も、パッと後ろを振り向いた。
中央エレベーターにもっとも近い部屋から出て来たのは、ふくよかな体型の少女。好き勝手に跳ねまわる黒髪の前髪を星のピンで留めている。
楓と水帆の姿に気付いた美和が笑顔を浮かべた。
「おはよう!」
「おはよう!美和!」
「曲がってるわよ」
2人と同じく美和の制服も真新しい。水帆に言われ照れくさげに曲がったネクタイを整えると、美和も2人を真似るように廊下の手すりに身を預けた。
「やっと入学式だね~」
「慎次に会えるわね~?」
ニヤニヤと笑う水帆。
美和の丸い頬が朱に染まった。
「うっさいなぁ!みんなだって久しぶりに慎兄に会えるのは嬉しいでしょ!?」
「美和ほどじゃないわよ~!」
「慎兄って言えばさ」
3人とはまた別の少女の声が会話に加わり、美和が「キャッ」と飛び跳ねた。
「ちょっと!愛美!脅かさないでよ!」
邪気のない朗らかな微笑を湛える少女は、「何が?」と首を傾げた。サラリと横に流れるおっとりとした顔の少女の栗色の髪。
「……で?慎兄がどうしたのよ?」
呆れからくる苦笑を浮かべて愛美に問う水帆。
「今日から慎兄とは呼べないね」
主語も何もない言葉に、首を傾げる水帆と美和の隣で楓だけが「そうだな」と肯いた。
「今日から慎兄じゃなくて慎次“先生”になるんだよな」
「あ、…あぁ!そう言う意味ね!」
「もう!いきなりなんのことかと思ったよ!」
「うふふ。慎次先生なんて、こそばゆいね?」
「こそばゆい?」
「痒いってことよ。楓」
「なんで慎次先生が痒いんだ?」
「照れくさいってことよ。楓」
「そうか!」と楓は笑顔で納得し、水帆と楓のやり取りを見ていた美和が「最初っから照れくさいって説明すればいいじゃん」と溜め息を吐いた。
「でも、不思議よね~」
「何が?」
「ここの大家さんをお兄ちゃんとして慕ってたのに、今度は先生として慕うようになるのよ?」
「呼称が変わっただけで、慕うのには変わりないんだから、どこも不思議じゃないと思うけど…」
「コショウってなんだ?」
「体操するときの、1、2、3のかけ声のことよ、楓。…それか、調味料ね」
「どっちも違うよ!」
4人で他愛もない会話を続けていた時、楓がチラリと気にして、水帆にからかわれた玄関がガチャリと開いた。
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