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「慎兄っ!?」
楓を抱き上げていた男は、唯一見える左目を細めてニコリと微笑んだ。サングラスの奥に見える黒目が優しく細められている。
「慎兄じゃなくて慎次先生ね」
「あ、おう!慎次せん―――ッ!?」
慎次の肩から見えた日高。その背後で暗雲を立ち上らせてこちらを睨み付けている美和を見て、楓は息を呑んだ。
「ん?どうした?」
首を傾げる慎次の腕の中で楓は慌てて暴れた。
「はっ離せッ!バカッ!!」
バタバタと暴れる楓の抵抗はさほども慎次に影響は無かったが、すぐに楓を床に下ろした。
「はいはい。照れちゃって、可愛いんだから」
「かわッ!?…ち、違う!!バカッ!!照れてない!!それに可愛くもないッ!!!」
耳まで真っ赤にして慎次から離れると、楓は逃げるように教室の中へと戻っていった。
日高の視線が気になったが、それを振り切るように自分の席に戻ると、美和の不服そうな顔が楓を出迎えた。
ヒクリ、と楓の口角が不器用につり上がり、汗がダラリと頬を滑る。
「み…美和、ごめん」
「別に…気にしない」
ぼそりと呟いたあと、美和は溜め息を吐いた。
「慎兄の過度なスキンシップは見慣れてるからね。今さら目くじら立てるのは、もう……やめる」
ニコリと笑った美和に、楓はもう一度「ごめん」と項垂れそうになったが、それは美和が頭をポンと叩いて止めた。
「高校3年間でわたしは頑張ってみせるよ。……応援、してくれるよね?」
耳元で囁くような美和の言葉に、楓はニッと笑った。そして、美和を真似するように楓も小さな声で呟いた。
「もちろん!」
クスクスと笑い合う美和と楓。
「なぁに笑ってんの?」
そんな2人の間に割って入ったのは、教室中の女子全員の視線を一身に受けている慎次だ。美和の丸い頬が真っ赤に染まるのを横目に「秘密だぞ」と楓は笑った。
「残念。秘密なのか…」
苦笑する慎次。
「慎次先生!」
バッと水帆が片手を大きく上げて慎次を呼んだ。
曲げていた腰を戻して慎次はニコリと水帆に微笑む。教室のどこかで数人の女子が小さな黄色い悲鳴を上げた。
「なんだい?水帆くん」
「なんでここに居るのよ?」
「なんでって、俺がここの担任だからね」
肩を竦めながら答えた慎次の言葉に、楓達4人は目を丸めた。「嘘でしょう!?」と水帆が言ったが、それは女生徒の割れんばかりの拍手喝采によってかき消されてしまった。
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