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数秒続いた耳鳴りが止んで顔を上げた時、楓はどこか未開の地に放り込まれたような恐怖に苛まれた。
「……え?」
騒がしかった教室、廊下がなんの前触れもなく静寂に包まれている。一瞬自分がどこに居るのか分からない混乱を感じたが、教室の自分の席に変わらず座っていることを思い出した。
日高、水帆、愛美、美和、大地、そして早桜小鳥も変わらずに居るが、それ以外の生徒の……生命の気配が、ない。
「………え………なに?…これ…」
ぼう然とした水帆の呟きが、静寂を裂いた。
ガタン――!と響いた無機質な音に楓達はビクッと体を震わせて、椅子を蹴るように突然立ち上がった大地を見た。
何も言わずに顔を強ばらせながら大地が静かな廊下へと駆け出す。楓も大地のあとを追って廊下に出た。
体がビクリと固まった。背筋を悪寒がゾクリと滑り落ちていく。
生徒が突然消えただけではなかった。
廊下に、果てがない。
右を見ても左を見ても果てのない長い廊下が続いている。
静かすぎる廊下に楓の足は知らず知らず後退し、背中に壁がトンッとぶつかった。大地の腕はダラリと横に垂れ、見える背中からも力が抜けている。
目の前の出来事に楓の腰が抜けそうになった時、
「きゃぁッ――!」
少女の悲鳴が教室から聞こえた。
大地と楓は考えるよりも先に廊下から教室の中へと駆け込んだ。
「どうしたんだッ!?」
楓はドアの近くに居た水帆と愛美に声をかけたが、2人はベランダの方を見て固まっている。
2人の視線につられるように、視線を移動させた楓の心臓が、ギクリッと跳ねた。
――黒猫らしき動物が窓枠に腰掛けている――
視界で判断できたのはそれだけ。
それ以上の情報を取り込もうとするのを脳が拒否している。
楓はカラカラの口から無理やり唾液を出してゴクリと大きく飲み込んだ。――が、口の渇きは潤されなかった。
「…見つけた」
低い男の声が黒猫の口から零れ落ちて、楓は今朝見た[暗闇の夢]を唐突に思い出した。
だが、夢の声は冷たく低い声。低くはあるが、黒猫の声は冷たくはなかった。
黒猫の黄色と明るい青緑色のオッドアイが三日月のように細められたのだった。
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