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4月の日曜日――
月城市不夜町の建物の暗がりに、その日1匹の黒猫がどこからともなく現れて地面に音もなく着地した。
黒猫は顔を上げ、隙間から見える外を見た。黄色と明るい青緑色のオッドアイが見つめる先には、人々と車が行き交う光景と[スナックメロディー]というピンク色の蛍光色が眩しい看板が見えるだけだ。
それから黒猫はさらに顔を上へと向けた。目を細めた黒猫が見つめているのはコンクリートの壁の先に見える小さな青空。
目の前の道路を排気ガスが酷いトラックが通り過ぎて行った。
「……チッ」
黒猫らしからぬ舌打ち。隙間にまで入り込んだ排気ガスに咳き込むと、黒猫はまた舌打ちした。
「ここは空気がきたねぇな」
低い男の声が黒猫の口から零れた。
黒猫は、もう一度空を見上げた。時計が無くては正確な時間帯が分からないが、今が正午を過ぎて間もない頃だと黒猫は気付いた。
また、目の前の道路を排気ガスが酷いトラックが通り過ぎて行った。
不機嫌に目を細めた黒猫だったが、体を伏せると折りたたんだ腕に頭を乗せて目を閉じた。
「ここに、居れば良いんだがな…」
暗がりに響いた男の声は何かを思い詰めているようでもあり、疲れが滲んでもいた…――。
黒猫が身を潜める場所から見える目の前の道路を車だけでなく数多くの人間が行き来しているが、誰1人建物の隙間にいる黒猫に気付かない。
あんなに高かった太陽も気付けば下降のスピードを上げ、月城市不夜町の町を茜色に染め上げ始めた。
どんなに時間が経とうとも、すぐそばで若者が喧嘩をしていても「ぴくり」とも動かなかった黒猫だったが、太陽が完全に姿を隠したその瞬間、のそりと体を起こした。
少し固まった筋肉を解すように伸びをする。
クッ――と、顔を上に向けた黒猫は、軽々とした跳躍で建物の屋上に音もなく着地した。
夜空の星々は街明かりに消され、月は雲に隠れていて見えない。
月城市不夜町は眠らない街として有名な歓楽街。昼は昼の顔を持ち、夜は夜の顔を見せる。
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