序幕 消された神話

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   明るすぎる街のネオンが、暗がりから出て来た黒猫の姿を照らした。  子猫と成猫の中間の体格で尻尾はスラリと長い。背には小さな純白の翼。  首には風に揺れる黄色いリボン。大きめの両耳に赤い石が付いた銀色のリングピアス、左耳には銀色のイヤーカフ1つ。  額中央には緑色の楕円形の石が皮膚に埋め込まれ、瞳はギラリと光る黄色と明るい青緑色のオッドアイだ。  ――黒猫は[この世界]の生き物ではなかった――  明るすぎる不夜町に黒猫は舌打ちをすると、ほんの少し重心をずらし、音もなく忽然と姿を消した。  数分もかからず次に姿を現したのは、今し方まで居た建物から10㎞も離れた先の高層ビルの屋上にあるヘリポートの上。建ち並ぶビル群の中でもひときわ高い超高層ビルだ。  チカチカ、と赤く明滅する電灯の明かりしか黒猫を照らす物はない。  びゅうびゅう、と黒猫の耳を打つ風の音。強すぎる風に翻弄されることもなく、しっかりと細い四肢で体を支えている黒猫は、ネオンに彩られる夜の不夜町をジッと見つめていた。 「ここなら、大丈夫だろう」  おもむろに黒猫は左前足に口を近付けた。毛繕いをするわけではなさそうだ。カシッと歯で何かを噛む動作をした黒猫は、顔をグッと上げた。  すると、黒猫の左前足から白い光が零れるように溢れ出て来た。光を口に挟んだまま黒猫は顔を上げる。ズルズルと引っ張り出された朧気な光は形を変えて行き、光が消えると、黒猫の口には携帯が銜えられていた。  銀鼠色の携帯だ。鏡のような携帯の側面には月城市不夜町の街の明かりが鮮やかに映り込んでいる。  口から携帯を離し、猫の手で器用に携帯を開けた黒猫は、またもや器用に操作し、どこかへと電話をかけ始めた。  たった1コールで電話は繋がり、数秒の沈黙を破って響いて来たのは、黒猫よりも低い無感情な男の声。 『…テトラか?』 「あぁ…」と黒猫は肯き「転移場所を確保した。フーガとバルメールにそう伝えといてくれ」と相手の男に言った。  電話先の男は「分かった…」とだけ言うと、テトラの返事を待つこともなく勝手に回線を切った。  そんな事には慣れているのか、特に気にすることもなくテトラは携帯を閉じると、左前足を携帯に近付ける。  パッと光に包まれた携帯は、テトラの左前足に吸い込まれるようにして入って行った。  腰を下ろし、遠くを見つめるテトラ。
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