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「じゃ、俺はこれで」
入口に向けて、踵を返す。
「ねぇ伊澤君」
「? なんすか?」
少し遅れて、返事をする。
「伊澤君は将来、何になりたい?」
「……特にこれといって、なりたいものはありませんよ」
将来の未来像なんてのはない。
今がまだ手一杯の状態だから、未来像は創れない。
「やっぱりそうだよねぇ。まだ迷ってるんだ」
「…………」
迷っている。
将来がないから、迷っている。
「伊澤君。ずばり言うけど、伊澤君は今、将来が見出せていないんじゃない?」
「……どうしてわかったんですか?」
そんなの、香川先生には言ってねぇ。
未来像ができてねぇなんて事はまだ口にしていねぇ。
進路希望調査も適当に答えている。
だから香川先生は俺の内心を知らないはずなのに……どうして……。
「これよこれ」
課題のプリントを示す。
「これを居残りしてまで提出するっていうのは、ある一方から見れば、それは『しっかりと提出したい』っていう意志の表れ。でも別の一方から見れば、それは『とりあえず提出して成績を良くしておこう』っていう、将来が明確じゃない生徒とかがよくする事なの」
将来が明確でない生徒。
未来設計が無い生徒。
そして、未来が見えていない生徒。
即ちそれは――俺の事でもある。
「伊澤君は、進路希望調査とかでいつも違う進路希望を書いているでしょ?」
「あぁ、はい」
将来を創れていない。
だから、進路も決めれない。
「そういう事をするのも、将来が上手く想像できない生徒がよくやる事なの。
だって将来が想像出来ている生徒なら、毎回違う進路希望を書くなんて事は、殆どしないでしょ? そういう事からも、この推理は殆ど当たっていると思うんだけど……違う?」
「…………」
短い沈黙を交え、やがて口開く。
「いえ、当たってますよ。正解です」
香川先生には全てを見透かされてるって感じだった。
俺も、この学校の全校生徒と同じ事を思う。
この人こそまさに、教師の鏡。
さすが、『人生の先生』って呼ばれてるだけの事はある……と。
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