01.見可者(ケンカシャ)

8/54
前へ
/674ページ
次へ
「じゃ、俺はこれで」  入口に向けて、踵を返す。 「ねぇ伊澤君」 「? なんすか?」  少し遅れて、返事をする。 「伊澤君は将来、何になりたい?」 「……特にこれといって、なりたいものはありませんよ」  将来の未来像なんてのはない。  今がまだ手一杯の状態だから、未来像は創れない。 「やっぱりそうだよねぇ。まだ迷ってるんだ」 「…………」  迷っている。  将来がないから、迷っている。 「伊澤君。ずばり言うけど、伊澤君は今、将来が見出せていないんじゃない?」 「……どうしてわかったんですか?」  そんなの、香川先生には言ってねぇ。  未来像ができてねぇなんて事はまだ口にしていねぇ。  進路希望調査も適当に答えている。  だから香川先生は俺の内心を知らないはずなのに……どうして……。 「これよこれ」  課題のプリントを示す。 「これを居残りしてまで提出するっていうのは、ある一方から見れば、それは『しっかりと提出したい』っていう意志の表れ。でも別の一方から見れば、それは『とりあえず提出して成績を良くしておこう』っていう、将来が明確じゃない生徒とかがよくする事なの」  将来が明確でない生徒。  未来設計が無い生徒。  そして、未来が見えていない生徒。  即ちそれは――俺の事でもある。 「伊澤君は、進路希望調査とかでいつも違う進路希望を書いているでしょ?」 「あぁ、はい」  将来を創れていない。  だから、進路も決めれない。 「そういう事をするのも、将来が上手く想像できない生徒がよくやる事なの。  だって将来が想像出来ている生徒なら、毎回違う進路希望を書くなんて事は、殆どしないでしょ? そういう事からも、この推理は殆ど当たっていると思うんだけど……違う?」 「…………」  短い沈黙を交え、やがて口開く。 「いえ、当たってますよ。正解です」  香川先生には全てを見透かされてるって感じだった。  俺も、この学校の全校生徒と同じ事を思う。  この人こそまさに、教師の鏡。  さすが、『人生の先生』って呼ばれてるだけの事はある……と。
/674ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加