01.見可者(ケンカシャ)

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「凄いですね先生。俺の個人的な事までわかるなんて……」 「伊達に教師をやってないんだから、侮ってもらっても困るわよ」 「……そうですか」 「うん。まぁ、将来を急いで決める必要は無いわ。じっくりと、確実な未来を決めてね、伊澤君」 「はい……」  託された。  俺の未来は、俺自身に託されのだった。  そして――少し、話を変える。 「先生は夜勤ですか?」  この時間まで、一人でいる。  なら香川先生は、夜勤でいるのだろう。 「まぁ、大まかに言えばそうね。伊澤君と同じで、ちょっと残って仕事を片付けようと思ってね」 「……先生も、俺と同じで未来が見出せていないんですか?」 「何言ってるのよ。私はもう既に、子供の頃思い描いた将来の夢の中にいるわよ」  微笑し、答える。 「はは……何か、羨ましいです」  昔思い描いた将来の夢の中にいる。  それは、夢を叶えたという事なのだろう。  先生は想像した将来を、しっかりと叶える事が出来たという事だろう。 「そういえば、先生はいつから先生をしているんですか?」  ふと思った疑問を、先生に投げかける。  俺がここに入学した時には、既に香川先生は教師をしていた。  なら、先生はそれ以前から教師をしている。  俺が出来る予想は、ここまでだ。 「んー……伊達に教師をやってないよとでも答えておくわ」 「じゃあ先生は、今何歳なんですか?」 「さ、今日はもう遅いから、速く帰りましょ~!」 「……さよなら~」  率直に訊くのも弾かれる。  遠回しに訊くのも弾かれる。    香川先生に年齢を訊くというのは、禁句(タブー)なんだな。  微笑む先生を背に。    追い出されるように、俺は『職員室』を出た。  俺は、わかられていた。    将来の未来像が出来ていない事を。  未来がまだ、見出せていない事を。     「どうした悠二。何か面白い事でもあったのか?」  扉の前で、退屈そうに待っていた篤が口開く。 「いや、香川先生に説教されたよ」  後ろ手で扉を閉めながら、それに答える。 「何だ。先生に怒られたのか?」 「……少し違うな。褒められたような、怒られたような……」 「…………?」 「いや、やっぱり何でもねぇよ。早く帰ろうぜ」 「あ、あぁ……」  俺達はまた並んで。  冷たい空気で満ちている、薄暗い廊下を歩き始める――――。
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