01.見可者(ケンカシャ)

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   だがよく見ると、さっきと少し違う。  さっきまで小さく開いていた篤の目は、完全に閉じている。  僅かにあった呻き声も、今はない。 「……篤?」  腰を下ろし、呼び掛ける。  篤からの返事は――無い。 「おい篤?」  身体を揺らす。  反応は――無い。  僅かな反応も無い。 「篤……篤……」  揺さぶり続ける。  しかし、篤は変わらない。  反応しない。  その目も口も、閉じたまま。 「……嘘だろ」  少女が口にした言葉が、脳裏を過ぎる。  嫌な予感が、頭を過ぎる。  瞬時に、篤の胸先へと手を――。 「……そんな……」  それを理解するのには、数秒を費やした。  いや。  焦燥する感情を抑え、それを解るためには、数瞬の時を使わざるをえなかった。  そして俺は――実感した。  今の篤を。  篤がどうなっているのかを。 「そんなわけ……ねぇだろ……」  再度確認する。  鼓動は止まっている。  身体も止まっている。    そして、篤も止まっている。  完全に。  完璧に。  篤は――動いていない。 「嘘だろ篤! おい!」  そうとわかっていても。  俺はまだ、篤に呼び掛け続ける。 「なぁ篤! 返事をしてくれよ! 篤!」  もう動いていないと知っていても。  もう止まっているとわかっても。  肩を揺さぶり、呼び続ける。 「何やってんだよおい! 勝手に死んでんじゃねぇよ!」  視界がぼやける。  目が熱い。  瞬きをするたび、その熱さは増していく。  やがて頬を、熱い何かが伝う。 「お前はまだ死ねねぇんだろ!? 音楽を勉強するために、留学するんじゃねぇのかよ!」  まだ留学をしていない。  だから篤は、死ぬのを望んでいない。  未来を叶えていないから、篤は死にたくない。  でも。  篤は止まった。  動かなくなってしまった。 「だから……死んでんじゃ……ねぇよ……」  頬を伝っていた――涙は、篤の顔横の地面へと滴る。  やがて、四つん這いのような体勢は崩れていき、地面と顔との間隔は徐々に狭まる。
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