01.見可者(ケンカシャ)

29/54
前へ
/674ページ
次へ
「わかったわかった。その彼女とかいう奴はどうにかするから、藍那は早く寝ろよ」 「うん。……あっ、晩御飯はそこに置いてあるからね」  言いながら、茶褐色のテーブルの方を指差す。 「あと、お風呂も沸かしてあるから」 「あぁ、ありがとな」  そう言って俺は踵を返し、リビングを後にする。  そしてまた、暗い廊下を歩く。  廊下は変わらず暗い。  でも、さっきとは少し違う。  さっきまで重かった足取りが、今は少し軽くなった気がする。  そのためなのだろうか。  ほとんど真っ暗だった廊下が、今は少し明るく見える。  それは、心が多少和らいだからなのかもしれない。  あいつのおかげで。  恥ずかしながら、妹のおかげで。  ――歩く。  木製の冷たい階段を登る。  また暗い廊下を歩く。  そして――――着く。 「…………」  俺の部屋の扉の前。  この向こうに、俺の彼女を気取っている奴がいる。  誰なのかわからない奴が、この向こうにいる。 「はぁ……全く。一体誰だよ……」  はっきり言って迷惑だ。  結構夜遅くに、しかも俺の彼女を気取って押し掛けてくる野郎なんて。  それに、こんな時だ。  あんな事があった…………こんな時だ。    そういう具合に尽きない悪態を脳内で述べ続けながらも、なるべく手早く帰ってもらおうと大雑把に結論付け、徐に扉を開けた。  愚痴を思っていても仕方がない。  まぁそんな事をしてまで押しかけてくるような奴だし、よっぽど変な性格なんだろう。  それに俺の彼女って言ってるなら、そいつは女だ。  適当に話して、出てって貰えばそれで済む。  大事にまでするのも、俺自身気が引ける。  まぁいざとなったら、その時はその時で何かすれば……。   「…………」  扉を開ければ、そこはいつもの俺の部屋だ。  机や本棚などがあるだけの、閑散とした部屋だ。  けど。  そこにある部屋は、少し空気が違う。  いつもの空間なのに、どこか不自然だ。  それの原因。  それは俺の彼女を気取っている奴だ。  そいつは明らかに、周囲から浮いている。
/674ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加