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「んん~っ――――はぁ……」
俺以外は誰もいない教室に声が響く。
長い時間座っていた疲れを和らげるかのように、椅子に座ったまま両手を上げ、伸びをする。
固まった筋肉が伸びて、心地良い感覚がする。
「……もうこんな時間か」
正面の黒板の上に掛けられている時計に視線を向けて呟く。
時計が示している時間は、五時四十九分。
十七時というのは、高校二年の俺にとってまだ遅くない時間帯。
しかしふと見た窓の外は既に真っ暗だ。
遠くにある街灯が物寂しく点いているように見えるほど、屋外はどっぷりと暗くなっている。
教室の蛍光灯のがまだ遥かに明るい。
「さて、と……」
下校時間はとっくに過ぎている。
そのせいかグラウンドや校内に人の気配は既に無く、辺りはこれでもかというくらい完全に静まり返っていた。
俺は窓側の一番後ろの席から立ち上がり、居残りに使った課題のプリントを鞄へとしまう。
そして――――唐突に。
閉まっていた教室の扉が、音を立てて開く。
「おっ」
「よっ!」
お互いが気さくに手を挙げる。
「なんだ悠仁、まだ残ってたのか?」
黒のブレザーを着崩した格好で、俺に歩み寄ってくる。
「ん、まぁな。これの提出期限、確か今日までだろ?」
鞄にしまい掛けた課題のプリントを、声の方へ掲げる。
「相変わらず真面目だなぁ、お前は。俺なんか、出す気は始めから更々ねぇぞ」
「俺はお前みたいな、『勉強しなくてもやっていける』ような人間じゃねぇからよ。嫌でも課題をやって、成績を保つしかねぇんだよ」
そんな頭だったら、俺だってわざわざ居残りしてねぇしな。
再びプリントを、鞄にしまう。
「いや、俺は別に頭が良いってわけじゃねぇよ」
首を左右に振る。
その度に、長い茶髪が揺れる。
「じゃあ何だ? 生まれ付きの才能か?」
「違ぇよ」
鞄を締め掛けていた手を止める。
視線を、声の方へと向ける。
「単純に、『将来をどれだけ考えているか』だぞ」
「ふーん……」
あんまり意味はわかんねぇけど。
多分、『将来をどれだけ気にしているか』。
そんな感じなんだろうな。
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