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「そういえば、篤はなんでここに来たんだ?」
「俺は単にこれを取りに来たんだよ」
そう言って篤は、俺の隣の席に立て掛けてある黒いギターケースを肩に掛ける。
「よぉーし! んじゃ一緒に帰るか、悠仁!」
「あぁ、そうだな」
鞄を持ち、首に黒のマフラーを巻いて、俺達は教室を後にする。
不幸な事なのかは知らねぇが、季節はもうすっかり冬だ。
教室から一歩外に出た先は、屋内であっても酷い寒気を感じるような有様で。
その寒さはまるで、先が見えず萎縮している自分の未来のようで――。
◇ ◇ ◇
「やっぱりお前は、大学行きたいのか?」
所々に設置された蛍光灯の光のみが照らす薄暗い廊下。
冷たい空気が立ち込める長い廊下。
そこを並んで歩いている時に、篤は訊いてきた。
「あぁ。今の時期は就職するにも、かなり厳しいだろうしな」
「やっぱそうか。まぁ高卒の求人なんてのは、殆ど聞かねぇからな」
まずは大学進学。
そして就職は大学を卒業してから。
それが最善の進路だろうな。
「そういうお前は、どうして進学しないんだよ?」
篤は俺と違って進学しない。
大学進学なんて余裕の頭脳を持つのに、それをしようとしていない。
「どうして進学しないか、知りたくないか?」
「? なんかあるのか?」
「へへっ。実は俺な、アメリカへ留学したいんだよ」
「…………?」
留学したいと言われても。
俺には、明確な意味は解らない。
「なんで――留学したいんだ?」
「アメリカへ留学して、音楽の勉強がしたいんだよ」
「音楽の勉強?」
「あぁ」
ギターケースを肩に掛け直し、言う。
「やっぱ音楽の本場とかってのは、アメリカとかだろ? だから俺、こういうのを本場で、真剣に学んでみたいんだよ」
ギターケースに顔を向ける。
「お前が留学するんだったら、スポーツとかでも出来るんじゃないのか?」
運動もかなり出来る篤なら、それが可能だろう。
「いや、それはしねぇよ」
しかし、篤は俺の考えに反した。
「俺がスポーツをやるのは、気分晴らしとかの為なんだよ。そんな生半端な心構えで留学しちゃあ、本気で留学しようとしている奴らに悪いだろ?」
半端な心で学ぶというのは、本気で学ぼうとしている人達にとって、皮肉に近い。
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