01.見可者(ケンカシャ)

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「そういえば、(あつし)はなんでここに来たんだ?」 「俺は単にこれを取りに来たんだよ」  そう言って篤は、俺の隣の席に立て掛けてある黒いギターケースを肩に掛ける。 「よぉーし! んじゃ一緒に帰るか、悠仁!」 「あぁ、そうだな」    鞄を持ち、首に黒のマフラーを巻いて、俺達は教室を後にする。  不幸な事なのかは知らねぇが、季節はもうすっかり冬だ。  教室から一歩外に出た先は、屋内であっても酷い寒気を感じるような有様で。  その寒さはまるで、先が見えず萎縮している自分の未来のようで――。      ◇        ◇         ◇ 「やっぱりお前は、大学行きたいのか?」  所々に設置された蛍光灯の光のみが照らす薄暗い廊下。  冷たい空気が立ち込める長い廊下。  そこを並んで歩いている時に、篤は訊いてきた。 「あぁ。今の時期は就職するにも、かなり厳しいだろうしな」 「やっぱそうか。まぁ高卒の求人なんてのは、殆ど聞かねぇからな」  まずは大学進学。  そして就職は大学を卒業してから。  それが最善の進路だろうな。 「そういうお前は、どうして進学しないんだよ?」  篤は俺と違って進学しない。  大学進学なんて余裕の頭脳を持つのに、それをしようとしていない。 「どうして進学しないか、知りたくないか?」 「? なんかあるのか?」 「へへっ。実は俺な、アメリカへ留学したいんだよ」 「…………?」  留学したいと言われても。  俺には、明確な意味は解らない。 「なんで――留学したいんだ?」 「アメリカへ留学して、音楽の勉強がしたいんだよ」 「音楽の勉強?」 「あぁ」  ギターケースを肩に掛け直し、言う。 「やっぱ音楽の本場とかってのは、アメリカとかだろ? だから俺、こういうのを本場で、真剣に学んでみたいんだよ」  ギターケースに顔を向ける。 「お前が留学するんだったら、スポーツとかでも出来るんじゃないのか?」  運動もかなり出来る篤なら、それが可能だろう。 「いや、それはしねぇよ」  しかし、篤は俺の考えに反した。 「俺がスポーツをやるのは、気分晴らしとかの為なんだよ。そんな生半端な心構えで留学しちゃあ、本気で留学しようとしている奴らに悪いだろ?」  半端な心で学ぶというのは、本気で学ぼうとしている人達にとって、皮肉に近い。
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