01.見可者(ケンカシャ)

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「だったら俺も、本気でやりたい事だけを、しっかりと留学して学びたいんだよ」 「ふーん……壮大な未来だな」 「まぁな。それが俺の未来像だ」  へへっ、と胸を張る篤。  篤には未来像がある。    それはしっかりとした、明確な未来像。  確かに篤は音楽が好きだ。    好きなものを学びたい気持ちっていうのは、分からなくもない。  けど。    俺はそこまで――――留学してまで学ぼうという気は(おこ)せない。  俺的には、言語の違いという壁が怖い。    そして、不安が大きい。  それにも屈せず、篤は留学を望んでいる。   「……どうした?」  篤は突然立ち止まる。 「課題。出さねぇのか?」 「えっ?」  篤がそこを親指で指し、その時になってようやく気が付く。  俺達はいつの間にか『職員室』前で立ち止まっていたのだ。 「あぁ、そうだったな。悪い、ちょっと待っててくれ」 「おうっ。 さっさと終わらせろよー」  何となく巻いてしまったマフラーを外す。  そのままそれを鞄と一緒に片手で持ち、俺はもう片方の手を『職員室』の入り口であるアルミ扉の取手に掛ける。 「失礼します」  扉を開けながら口開く。  『職員室』は――――無人だった。    ……いや。  ここの電灯がまだ点いているという事は、誰かがいるはずだ。      「伊澤君?」  やはりいた。  少し離れた所、目立たない位置に一人だけいた。 「あ、どうも」  俺の――俺と篤の担任である香川里枝(かがわ りえ)先生だけが、『職員室』の中央に位置する教員机にいた。  俺より小柄な体つきの為か。   周りに積まれてる書類や教本が多い為か。  立ち上がるまで、姿が見えなかった。 「どうしたの伊澤君。下校時間はもうとっくに過ぎてるんじゃないの?」  肩までふわりと伸ばされた髪と、スーツのような黒い服を僅かに揺らし、近づいてくる香川先生。 「あ、いえ。先生にこれを提出して帰ろうと思って……」  鞄から課題のプリントを取り出し、差し出す。 「まぁそうだったの。 遅くまで残ってやっていくなんて、偉いわね~」  優しい笑みを浮かべながら、先生はプリントを受け取る。  
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