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「だったら俺も、本気でやりたい事だけを、しっかりと留学して学びたいんだよ」
「ふーん……壮大な未来だな」
「まぁな。それが俺の未来像だ」
へへっ、と胸を張る篤。
篤には未来像がある。
それはしっかりとした、明確な未来像。
確かに篤は音楽が好きだ。
好きなものを学びたい気持ちっていうのは、分からなくもない。
けど。
俺はそこまで――――留学してまで学ぼうという気は興せない。
俺的には、言語の違いという壁が怖い。
そして、不安が大きい。
それにも屈せず、篤は留学を望んでいる。
「……どうした?」
篤は突然立ち止まる。
「課題。出さねぇのか?」
「えっ?」
篤がそこを親指で指し、その時になってようやく気が付く。
俺達はいつの間にか『職員室』前で立ち止まっていたのだ。
「あぁ、そうだったな。悪い、ちょっと待っててくれ」
「おうっ。 さっさと終わらせろよー」
何となく巻いてしまったマフラーを外す。
そのままそれを鞄と一緒に片手で持ち、俺はもう片方の手を『職員室』の入り口であるアルミ扉の取手に掛ける。
「失礼します」
扉を開けながら口開く。
『職員室』は――――無人だった。
……いや。
ここの電灯がまだ点いているという事は、誰かがいるはずだ。
「伊澤君?」
やはりいた。
少し離れた所、目立たない位置に一人だけいた。
「あ、どうも」
俺の――俺と篤の担任である香川里枝先生だけが、『職員室』の中央に位置する教員机にいた。
俺より小柄な体つきの為か。
周りに積まれてる書類や教本が多い為か。
立ち上がるまで、姿が見えなかった。
「どうしたの伊澤君。下校時間はもうとっくに過ぎてるんじゃないの?」
肩までふわりと伸ばされた髪と、スーツのような黒い服を僅かに揺らし、近づいてくる香川先生。
「あ、いえ。先生にこれを提出して帰ろうと思って……」
鞄から課題のプリントを取り出し、差し出す。
「まぁそうだったの。 遅くまで残ってやっていくなんて、偉いわね~」
優しい笑みを浮かべながら、先生はプリントを受け取る。
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