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「章ちゃん!ちょ、聞いてや!」
凄い剣幕で僕のディスクを叩く親友。オフィスチェアーを動かしながら僕に接近してきて顔を覗き込んで来る。
「またちゅーぎの乳が増えてん!」
……そんな萎えるような発言は辞めてくれ。
僕は溜め息を吐きながら親友から視線をずらし、またいそいそと仕事に取り掛かろうとする。が。
「…章ちゃん!!」
どうにも弱々しく親友らしくない声色で名前を呼ばれれば振り返ってしまうのは、やっぱり親友を捨て切れないからだ。
仕方無く体を向き合わせれば、浅黒い肌のハーフ風味な男前は容姿とはらしからぬ子犬のような甘えた表情を見せてきた。
「…………俺の子、もら―ッ」
だが今回ばかりはどうにもこうにも融通を利かせる事は出来ない。何故ならば僕には既に大切な可愛い子が居る。
容姿は甘く柔らかくかなり犬顔だが性格や雰囲気は文句無しの牛そのもので、とてもじゃないがその子以外の面倒を見る気は無い。
体も態度もご主人様である僕よりは確実に大きいが、僕が毎朝仕事へ行く時の玄関口で見る寂しそうに尻尾が垂れている姿や、僕が毎夕仕事から帰って玄関口で靴を脱いでいる時の嬉しそうに牛耳?をぶんぶん振っている姿は唯一無二の愛らしさなのだ。
大切な親友には宜しくない態度では有るが幾ら能天気でお馬鹿な僕だからといって譲れない物が有る。
という事でこの話はお終いにしよう。
先程とっさに塞いでしまっていた親友の口元から手を退かして、僕は愛飲している自家製の牛乳を口に含んだ。
「おいしー」
甘くて濃厚で少しだけとろみの強い、僕だけが飲める牛乳。こんなに美味しいのに売ってはいない貴重品。というか売っている筈が無い。だってこの牛乳を出す牛は僕だけにしか所有権が無いのだから。
こんな美味しい牛乳を口にして慣れてしまえば他の牛乳なんて今更口に出来ない。
「………章ちゃん…っ」
僕は落胆する親友を尻目にゴクゴクと牛乳を飲み干した。
今日も僕に元気を与えてくれる美味しい牛乳。
大切な子が出してくれる牛乳なのだから美味しくて当たり前なのだけど。
「…やっぱ中出しは止めよ…」
そう小さく呟いた親友も、自分だけの自分の為の大切な牛乳を口にした。
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