小さな国の小さな話

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 サトルはこの時間になると、チャットをしていた。  ハンドルネームは『カヨ』    自分の母親の名前だった。  男であるサトルが、女のハンドルネームを使用するには理由があった。  いつものように『カヨ』になりすまし、チャットへと潜り込む。 「こんばんは」  男だと悟られないように、ゆっくりと文字を入力する。  女性言葉を、意識しながら。 「今晩はカヨさん一日ぶりです」    すぐに食いついてきたのは、数日前にこのサイト上で『友人』となったマサヨシだった。   『カヨ』のプロフィールはこうだった。  『夫は長いこと単身赴任中で、二人の子育て中の主婦です。深夜になると、一人孤独な気分になってしまいます。話し相手になってくれる方を募集しています』  単純な『餌』だ。  だが、食いついてくるヤツは大勢いた。  孤独に耐えられない主婦が、欲求を満たす為にいるのだろうと思うヤツが。  こちら側も、そのつもりでまいた『餌』だ。 『マサヨシ』のプロフィールはこうだった。   『ギャンブルで借金を作り、嫁子どもに逃げられた情けない男です。話し相手がいなくなり、孤独になっています。ネット上で絡める女性、募集中です』  いいカモが寄ってきた。  サトルはマサヨシに狙いを定めた。  すぐに会うことを約束つけると警戒されるだろう。  なるべく自然体を装い、何日か前からネット上での会話を続けていた。  内容は大したことの無い日常。昨日の内容も思い出せないくらいだ。 「今日もお仕事お疲れ様でした」 「ありがとうございます。カヨさんは今日一日、どのように過ごされていましたか?」    主婦の一日の行動を、サトルは想像した。  母ちゃんは、どうだっただろうか。
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