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「おいっ、八重子、喜べ! 仮設住宅の抽選に当たったぞ」
仁吉が喜び勇んで妻の元へ戻った。
「あなた、そのことだけど……権利を放棄してちょうだい」
「な、なんでだっ?」
「そこへ入ると、お金が掛かるの」
「だって、テレビも冷蔵庫も付いてるぞ。ガスコンロも換気扇もある。何故、金がかかるんだ?」
「光熱費が掛かるのよ。食費も自分で賄うことになるの。避難所に居れば食事を用意して貰えるし、必要な物資を支給して貰えるけど仮設住宅に入居したら、援助は無くなるの。包丁も、まな板も歯ブラシも全部、自分で揃えるの」
「そ……そうなのかっ!」
仁吉は、青ざめた。
「だけど、永島さんは入ったぞ」
「あの、夫婦は若くて仲がいいから」
「わしらだって、仲がいいぞっ!」
「あなた、ちょっと……」
八重子が仁吉に耳打ちした。
「おうっ! そういうことかっ! だったら、わしらだって負けずに」
「違うっ! いい年して、おかしな対抗心を持たないでちょうだいっ! いいから、仮設住宅へは入りませんと、お断りして来て」
仁吉は、うなだれて役場へ向かった。
「きっと、そうだ。儂よりイケメンのボランティアと居たいんだ」
―了―
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