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病院へは行きたくないと息子は言う。
「ママは太一に会いたがってると思うよ」
「だってママは、この前も、ずっと寝てたし」
息子の気持ちは解る。意識不明のままベッドへ横たわる母親の姿など見たくないのだ。
そして、つらい現実を忘れようと息子はゲームに没入する。寧ろ、それが不憫だった。
「太一、ロッキーの散歩に行こうか?」
「うん、いいけど」
ジャージに着替えて玄関を出ると息子が軒を見上げている。
「あっ、パパ、つばめだよ」
親鳥が巣を飛び出して空へ消えた。息子は、それを眼で追っている。
「太一、知ってるか? つばめが巣を造ると、いいことがあるんだ」
「ふーん」
散歩の途中で公園に立ち寄り煙草をつけた。
主治医の言葉が蘇る。『このまま意識が戻らないかも知れません』
犬と共に走り廻る息子の姿がぼやけて見えた。
貴恵……頼む。太一を母と縁の薄い子にしないでくれ。
散歩から戻り手を洗っていると太一が走り寄って来て嬉しそうに告げた。
「パパ、つばめの巣の話。本当だね」
「んっ?」
「ママからメールが来たよ。太一に会いたいって! 病院へ行こうよ」
息子の眼は潤んでいた。
―了―
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