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「まだ起きてるでしょ? ちょっと、いい?」
ボランティア仲間の有紀がテントを捲って声をかけて来た。
「あたし明日、帰るの。少し散歩しない?」
「うん、いいけど」
五月晴れの夕空は、しばらく明るかった。僕らは赤外線通信でメルアドを交換しながら、瓦礫の間の道をゆっくりと歩いた。
「あっ! ねえ見て!」
不意に彼女が僕の腕を取った。
半袖のシャツに油性マーカーで描かれた鯉のぼりが風に、はためいていた。それは瓦礫の山から突き出るように泳いでいる。
「ふーん……そうなの。連休明けもボランティア活動するの。偉いわね。足を捻挫したって言ってなかった? 大丈夫なの?」
「うん。それは大丈夫。最初は二、三日で帰るつもりでいたんだけど……ある老夫婦が帰らないで欲しいって泣くんだよ。僕を亡くなった孫と思い込んでるんだ」
「でも、いつまでも居続ける訳には行かないでしょ?」
彼女が僕の手を握ったので、僕も握り返して好意を伝えた。
「うん。だからね、こう言ったんだ。《雨が降りだしたら天国へ帰ります》って」
―了―
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