モーツァルトの時代

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「まったく、最近の若いやつは…。」名もない定年間近のサラリーマンの男は溜め息をつく。 この男から見れば、挨拶もろくにできない「ゆとり教育」の産物がひどく目障りなのだ。 「古きよき時代は」と後ろを振り返りながら、モーツァルトの「アイネクライネナハトムジーク第1楽章」のかかるレトロな喫茶店で、冷め始めたブルーマウンテンを汚い音を立てて一口すすった。 遠くの窓際の席には、同じブルーマウンテン(こちらは湯気のたった熱々)をテーブルの隅に置き、電話帳のような本にマーカーを引いている。手にはタバコ。マルボロのライトメンソールの箱が鞄から覗いている。 どんな本かなどどうだっていい。見た感じたかだか20歳そこそこのガキがブルーマウンテンのような高級品をすすっていることが気に障るのだ。 この店ではブルーマウンテンだけ、少しお洒落で高そうなカップに入れて提供される。ブルーマウンテンと断定したのはそのためであろう。 「お前のようなガキは水出しの麦茶でもすすっておけ。」と、すっかり薄くなった頭から陽炎がたつほどの怒りを必死で押し殺しながら、もう一度汚い音を立ててコーヒーをすすった。 分厚い本とにらめっこをしていたガキが一瞬顔をあげ、まるで生ゴミでも見るような目で小さく舌打ちをよこした。
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