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急ぎ足で駅前に着くと、もう既にPV撮影を見るために大勢の人が集まっている。
舞達は人混みの中を分け入り、集まりの中心へ近づいていく。
そこには長い髪を後頭部で纏めポニーテールにし、足首まである黄色のコートのポケットに手を突っ込んだ女性歌手がいた。
「ウチ、あの人TVで観たことあるで! ほんまもんや~」
「やっぱり本人は綺麗だね!」
――この歌手、詩織も好きだったな……
舞はふと辺りを見回し、無意識の内に詩織を探してしまう。
――いない……。
詩織なら来ていそうなものなのに。
詩織はお嬢様のイメージからは想像もつかない程行動力があり、舞も詩織の提案に付き合わされ、面白そうと思ったイベントなどへは積極的に行った。
舞と詩織は幼い頃からの無二の親友だった。
ある出来事が原因で相容れない喧嘩をするまでは。
「どしたん、舞。暗い顔して」
気付かれるような暗い表情をする程、舞は深く考え込んでいたのかと思い、渚に心配をかけないように表情を取り繕う。
「なんでもないよ」
「そう? ならええけど。戻ったら2人に自慢したろな!」
「うん……そうだね」
もう会わない。
これは懐かしくて大切な幼い日の想いを守るために決めた事。
その決意を変えることは、大切な想い自体を否定する事に繋がるからだ。
「舞、帰ろか」
渚の声で耽りから覚め、辺りを見回すと野次馬はもう少なくなっていた。
気づかぬ内に歌手は去り、駅前は日常に戻っている。
舞達は歩きながら少しずつ家への帰り道についていた。
「まさか街に来て早々、こんな事があるとは思わんかったわ~」
日が暮れかけ、足早に帰る中、住宅街のブロック塀に囲まれた路地で2人は右側通行している。
「いい思い出になったね」
「そやな。舞とおったら色んな事が起こりそうな気がすんで」
「それは私も思ったよ」
談笑を続け歩いていると、少し先の十字路で8人は乗れそうな車が停まり、車から3人程が下りて、少女を引っ張っている。
――あのニュースの凶悪犯?
昼頃に聞いたニュースが舞の頭をよぎる。
そして引っ張られている少女に対して渚が反応する。
「あれ、詩織ちゃうか!?」
車のドアが閉まる前に見えた顔は確かに詩織だった。
「ちょっ…待ちぃ! アンタら!」
渚の声は届くはずもなく、詩織を乗せた車は走り去って行った。
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