幕間── “マガイ”

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     ──暗く、深い闇。  天窓から差し込む朧気な月の光が僅かに照らす、闇に包まれた玉座の間。  その広大な空間を支配する“闇”を纏いし“魔王”──ディアスは、ゆるりとした姿勢で玉座に腰掛け真っ赤な液体を湛えたワイングラスを優雅に回していた。  ──不意に、金色の瞳を虚空へと向け口を開く。 「……ロキか。調子はどうだ?」 「──お陰サマで、絶好調ですよ“マオウ”様。今スグにでも戦えそうだ」  ディアスが流し目で見やった先、闇に包まれた空間がぐにゃりと歪み、小柄な体躯を純白のマントに包んだ金髪の魔人──ロキが、三日月の笑みを浮かべながらそう言い姿を見せる。  龍也── “黒雷の戦神”に死の1歩寸前まで追い詰められた後遺症などは一切見受けられないその姿に、ディアスはフッと笑みを浮かべ「ならば良い」とワイングラスを口に付けた。 「それで……? ここに姿を見せたということは、なにか(しら)せがあるのだろう」 「ええ。イイ報せを持ってきましたよ……北大陸(ノウスディア)の“剛創(ごうそう)”クンからのお届けモノです」  ディアスの言葉に、ロキは三日月の笑みを深めながらそう頷くと、懐から手のひらサイズの小瓶を取り出した。  中でドス黒い液体が揺れるその小瓶に視線をやり、ディアスは「ほう、それは……?」とロキに続きを促した。 「……ニンゲンを、“魔隷(マガイ)”へと変えるクスリだそうです。これまでは “候補” ……ある程度魔法士として適正のあるモノでないと耐えられなかったそうですが、コレなら赤子だろうと老人だろうと──例え魔力を持たない出来損ないのニンゲンだろうと、等しく“魔隷”と()る。  ……って、“剛創”クンが言ってました」  小瓶をユラユラと揺らしながらそう言ったロキに、ディアスは目を細め「ほう」と興味深そうに小瓶を注視する。  ──と、ディアスとロキから少し離れた場所に、揺蕩う黒い魔力と共にひとりの少女が降り立った。  全身をダークなドレスで包み、深海のような冥い青髪をツインテールに纏めた魔人の少女──アエリアは、ゆったりとした動作でカーテシーをするとディアスへ向けて口を開く。 「その薬の効力……試してみたいと思いませんか、“マオウ”様?  ロキくんに頼まれましたので、丁度その辺にいた人間(ネズミ)を1匹捕まえてきましたわ」  微笑みを浮かべ、鈴の音のようなで声そう言うアエリア──その水晶の青い瞳が向く先、ディアスが座す玉座の足元に揺蕩う黒い魔力が広がり“(ゲイト)”を形作ると、ひとりの男が転がり落ちた。  痩せこけた小汚い風貌のその男は、尻もちをついた姿勢で困惑した表情を浮かべ辺りを見渡す。 「あ、あれっ……ここ、どこだ……俺は確か、ギルドの奴らから逃げてたはず……っ!?」 「……心身共に不健康。内に秘める魔力も脆弱。ふむ、従来の“候補(モノ)”の条件をまるで満たせていない、取るに足らぬ塵芥(ちりあくた)だな」  ディアスを見上げるや「ヒッ──!?」と上擦った悲鳴を上げる男。それを無機質な金色の瞳で見下ろしたディアスは、そう呟くと「……ロキ」と一言。  その呼び掛けに「おマカせ下さい」と頷いたロキは、指先で弾くように小瓶の栓を抜きながら虚空の瞳を男へと向けた──ドス黒い液体が、ドロリと揺れる。 「……っ、な、なん……それ……お、俺になにを……っ!?」  ゆっくりと距離を詰めるロキに、そう情けない声を上げながら這うように後退る男。しかし、床より伸びた黒い蛇の鎖── “ゲニウス”によって四肢を絡め取られ、すぐに身動きが取れなくなる。  ジタバタともがく男の眼前に立ったロキは、三日月の笑みを深めると躊躇なく膝を顎へと突き立てる──鈍い音と共に顎骨が砕け、男は呻き声を漏らしながら力無く開口する。そこにドス黒い液体を小瓶ごと突っ込んだ。 「──ッ!? ……! ……っ!!」 「ホラ、暴れるなよ。スグ楽になるからサ?」  顎が砕けた痛みすら忘れ必死の形相で首を横に振り抵抗する男に、ロキは愉快そうに口元を歪めながら顎先を押し上げることで喉を開かせ無理やり液体を流し込む。  そうして液体を全て飲み込ませたロキは、“ゲニウス”を解くと数歩後退し男から距離を取る──変化は、すぐに起きた。  男がの身体がビクンと2、3度痙攣(けいれん)したかと思うや、その体内からドス黒い魔力が溢れ出す──その瞬間、男が人間(ヒト)のモノとは思えないおぞましい咆哮を上げた。  口に突っ込まれた小瓶を砕けたはずの顎で粉々に噛み砕き、身に纏っていた薄布を引き裂きながら骨と肉が千切れる音と共に黒く染まった筋肉を隆起させる。そして、充血し真っ赤に染まった目をギョロリと剥いた──その背中から、肉体を突き破り鮮血を撒き散らしながら蝙蝠の羽根が1本伸びる。 「ヘェ……コレはスゴいや! さっきまで骨と皮だけだったのに、一瞬にしてゴツいバケモノの出来上がりだ!」  黒色の異形と変わり果てた男。その変貌を眼前で見ていたロキは、虚空の瞳を僅かに見開き愉快そうに嗤い声を上げた。玉座に座すディアスも、目を細め「ほう……これは中々」と頷く。  そんなロキを見下ろしていた黒色の異形が、身体を仰け反らせ再び咆哮を上げた──瞬間、足元に“(ゲイト)”が開かれ、音もなく奈落へと飲み込まれていった。 「ハイ。もう用済みでしょうし、元いたところに逃がしておきました」 「さっすが“淵麗”チャン。アリガト」  ポンと両手を合わせ微笑んだアエリアに、ロキも笑顔で礼を返す。そしてディアスの方へと振り返り、口を開いた。 「どうでしたか、“マオウ”様……“剛創”クンのお届けモノは?」 「フフ……実に面白い見世物であった。  ──それに、丁度良い活用法も思い付いた」  口元に手を添え、くつくつと肩を揺らしながらそう呟くディアスに、ロキとアエリアは「良い活用法……?」と顔を見合わせる。  一頻り笑い終えたディアスは、ゆっくりと口元から手を離すとサイドテーブルに置いたワイングラスを手に取り、月光が覗く天窓へとかざした。  ──月明かりに照らされた真っ赤な液体に波紋が広がり、朧げな映像が浮かび上がる。 「フフ……龍也よ。次は先のような()()()では済まされぬぞ? 精々、私を愉しませてくれよ……」  そう独り呟くディアスの金色の瞳には、真っ赤な液体に浮かび上がった聖嶺魔法学園が映っていた──。  
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