第二十章「すれ違い」

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 ──慌しさと静けさが入り混じった夏が過ぎ、10月となった。  穏やかで過ごしやすい気候の中、ふと肌寒さを感じさせる冬の足音が聞こえる“秋”というこの季節、聖嶺魔法学園では夏仕様の半袖カッターシャツから従来のブレザースタイルへと衣替えが行われた。 「……やっぱり、長袖の方がしっくり来るな」  寝室の姿鏡の前で、6月以来の長袖のカッターシャツに袖を通しながら龍也はそう呟く──数ヶ月着て慣れたとはいえ、龍也としては半袖よりも長袖の方が好みであることに変わりはない。  そしてなにより、手首に巻いた魔力封印の腕輪を隠すという意味でも、長袖であることに越したことはない。  第一ボタンを留めずに緋色のネクタイを緩く巻き、左胸に金糸で龍が刺繍された黒いブレザーを羽織る──と、不意に備え付けの呼び鈴が電子音を鳴らす。  その音に、龍也は眉を寄せ「朱雀(いつもの)だな……」と嘆息しながら寝室を後にした──。  * * * 「ねぇ、黒宮君。これ、教室のレイアウトの案なんだけど……」 「どれどれ……ヘエ、イイ感じじゃん。あーでも、ココのスペースもうちょい有効活用できそうかな? それと合わせて客の動線も考えて……席の配置はまだまだ一考の余地がありそうかな」 「うんうん、なるほど……分かった、もう少しみんなで考えてみるね。ありがとう!」  ──時は流れ、放課後。  生徒会より正式に「メイド・執事カフェ」の実行許可が降りた1-Aでは、1ヶ月後の文化祭当日に向けた準備が着々と行われていた。  とはいいつつも、9月までのようにクラス全員が残りロングホームルームを行っている訳ではなく、居残りしての準備や話し合いが必要と判断した生徒たちが思い思いに活動しているという状況である。  そんな中、朱雀の策略 (?) により文化祭委員となった龍也はクラスメートの誰かが放課後に残る以上、自動的に残らなければならない立場にあった──が、案外悪い気はしていなかった。  むしろ、これまで独力でなんでもこなしてきた龍也にとって、クラスの皆で一丸となってひとつの目標に向かうということ自体が新鮮であり──楽しさすら感じていた。 「あっ、黒宮君。今良いかな? ちょっとメニューについて相談があって……」 「ああ、良いぜ? どうしたんだ?」  座席や飾り付けのレイアウトを書き込んだ教室の見取図を見せてきた女子生徒との会話を終えるや、すぐに他の女子生徒がメニュー候補が並んだリストを持って龍也の元にやってくる。  現在、教室の飾り付け担当とカフェメニュー担当の2グループが残って話し合いをしており、それらの案を龍也──と現在席を外しているが飯田の2人で纏めている、という状況だ。  「これなんだけど……」とメニュー候補のひとつを指差す女子生徒の隣に立ち、笑顔で対応する龍也。その後ろ姿を、プラチナの髪をショートカットにした少女──華音は、大きなため息を吐きながら見つめていた。 「……最近、あんまりお話できてないなぁ……龍也くんと」  ぽつり、と──自席で肘をつき、教壇周りで忙しなく動く龍也を見つめながら華音はそうため息混じりに零す。  文化祭委員で忙しいことは分かっている。クラスメートの女子たちと頻繁に話しているのも、それが文化祭の準備に必要な話し合いであるからということも理解している。  しかし、それでも華音は胸中に湧き出る黒くもやもやとした感情──嫉妬を抱かずにはいられなかった。 「あっ……いたいた。華音、朱雀が闘技場の使用許可取ってくれたよ……華音?」 「……はっ。あ、みっ、水乃ちゃん……?」  不意に声を掛けられ、華音はビクッと肩を震わせながら声の方を向く──教室の後方の扉の近く、きょとんとした表情で「どうしたの?」と首を傾げる水乃の姿があった。  そういえば、10月から魔闘祭に向けた特訓が始まるんだっけ──と、思い出したように心中で呟きつつ、華音は「な、なんでもないよ」とぎこちない笑みを浮かべ首を横に振る。 「教えてくれてありがと、水乃ちゃん。  ……は、早く行かないとねっ!」  そう早口で言いながら、華音は立ち上がり急ぎ足で教室を出る──途中、視界の端に映った女子生徒たちと談笑する龍也の姿に思わず振り返りそうになるが、ぐっとこらえた。 「……華音。どうしたんだろう?」  ぱたぱたと廊下を走っていく華音の背中を、そう訝しげな表情で見つめる水乃。  ちら、と教室内──話し合いの輪の中心に立つ龍也の姿を横目に見て、水乃は「……なにかあったのかな」と呟く。しかし一旦その思考を脳内の端に置き、早足で教室を後にした──。  * * * 「……黒宮君、それに皆もお疲れさま。話し合いの調子はどうかしら?」 「おう、オツカレ飯田。結構イイ感じに纏まってきたぜ」  華音が教室から出てから、数分経った頃──そう言いながら教室に戻ってきた飯田に、龍也は軽く手を上げ返した。  「あ、委員長」「千華ちゃんお疲れ〜」などと女子生徒たちに迎えられながら、飯田は教卓に並べられた数枚の紙を手に取り視線を落とす。 「……なるほど、教室のレイアウトの方はかなり固まってきたわね。メニューの精査も進んでるし……さすが黒宮君ね」 「俺は特になんも案出ししてないぜ? ミンナが出した案にああだこうだ言ってただけだよ」  
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