第二十章「すれ違い」

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 厳しい口調で言われた水乃の言葉に、華音は目を合わせることができず俯きがちに「そ、それは……」と口ごもる──しかし言葉は出てこず、結局もう一度「……ごめん」と繰り返すことしかできなかった。  そんな華音に、水乃は眉根を下げ嘆息しながら口を開く。 「……なにを悩んでるのか分からないけど、言えないなら別に良いよ。  多分……遼と鋼堂君の模擬戦が終わったら次は私たちの番だと思うから。朱雀の前だし……悪いけど手加減はしないよ」  冷たさを感じさせる口調でそう言い、華音の返事を待たず視線を逸らす水乃──その青い瞳が向いた先、フィールド上では互角の様相を呈していた攻防の均衡が崩れつつあった。 「チッ……いい加減、っ観念しろよレオぉ!!」 「断る……! 当たったら痛いじゃ済まなさそうだからね!」  橙色の力場── “重力”を展開し空間を支配しながら絶え間なく猛攻を仕掛ける遼に、射撃魔法による牽制を先ほどよりも多用し既のところで攻撃を躱していく伶於。  しかし攻め疲れか、一瞬だけ遼の距離を詰める足が止まる──その隙を、伶於は逃さなかった。 「──そこだ! “サンダーランサー”ッ!!」 「なっ──中級魔法を詠唱破棄だと……っ!?」  ノンフレームの眼鏡の奥、青銅色の瞳を鋭く光らせた伶於が遼を指差し魔法を発動する── “詠唱破棄”で展開された3本の雷の槍、中級攻撃魔法“サンダーランサー”が遼目掛け撃ち出された。  上級魔法の発動と同等以上の難易度を誇る、中級魔法の“詠唱破棄”に遼が驚きの表情を浮かべたのも束の間──超高速で飛来した雷の槍が、的確に遼の両足と魔武器を持つ右手を貫く。 「ぐあっ……!?」  “模擬戦結界”内故に外傷こそ付かないものの、魔法に撃ち抜かれた衝撃は激痛となり遼の身体を襲う──その右手から“ガイアグレイヴ”が零れ落ち、ガクリと片膝を着いた。  それと同時に、遼の周囲に展開されていた橙色の力場が朧げに揺らめく──好機だ、と伶於はフゥと短く息を吐き、一息に体内の魔力を最大まで高めた。  青白い雷光が、伶於を中心に弾けて煌めく。 「これで終わりだ── “ディスパーレイド”ッ!!」  伶於は“エスパーダ”を天高く振り上げそう叫ぶ──刹那、青白い閃光が“重力”の力場を振り切り、一直線に遼へと(はし)った。 「……そこまでだッ!!」  その瞬間──闘技場内に響き渡った、制止を叫ぶ朱雀の声。  片膝を着いた姿勢で目を見開いた遼の頭上──既のところで、雷光を纏った青銅色の刃がピタリと止められていた。 「……どうやら僕の勝ちみたいだね、橘」  全身に纏っていた青白い雷光を霧散させ、両手剣を引きながら笑みを浮かべそう言う伶於。視界に捉える間もなく眼前にまで迫っていたそれを呆然と見つめ、遼は乾いた笑みを零した。 「ハハ……だなぁ。悔しいけど完敗だぜ、レオ……」 「フッ……今度、黒宮が言っていた『(コイツ)が現状クラスでトップの実力』という言葉を、訂正して貰わないとな」  フラフラと立ち上がり脱力した様子で首を横に振った遼に、伶於は人差し指で眼鏡の位置を整えながらそう得意気に返す──と、指を弾き “模擬戦結界”を解除しながらフィールドに上がった朱雀が、2人を交互に見やり口を開いた。 「とりあえず、2人ともお疲れさま……で、まずは勝者である鋼堂だが、さすがと言うべきだな。  射撃の頻度を増やしてから、明らかに遼の動きをコントロールできていた……最後の一撃も申し分ない速度だ」 「現役ギルド隊員である(きみ)にそれほどの評価を受けるとは……光栄だよ。無論、現状に満足せずより一層研鑽を積む所存だがね」  朱雀の言葉に、伶於は頬を緩めつつも自らの気を引き締めるように力強く頷きそう返す。その言葉に、朱雀はフッと笑みを浮かべ「お前らしい……その調子で頼むぜ」と返した。  伶於との会話を終えた朱雀は、すっと目を細めると遼の方へと視線を向け口を開く。 「それで、敗者である遼だが……龍也との模擬戦でも気になっていたことだが、攻め方が力任せだし雑過ぎるな。  龍也の時みたく上手く噛み合った相手なら、例え上級生だろうと圧倒する力はあるだろうが……今回のように満足に踏み込めないと途端に厳しくなる」 「うっ……確かに、マジでやり辛かったぜ……」  鋭く細められた赤い瞳に見据えられ、遼は頭を掻きながらへなへなとした情けない声色でそう返す。  そんな遼に、朱雀は「まぁ……龍也は加減してお前に合わせていただけだがな」と付け加えつつ、続けて口を開いた。 「俺は“輝きの空”のギルドマスター……お前と同じ“重力”の操り手である“暴圧(ぼうあつ)剣王(けんおう)”を知っているからこそ言えるが、“重力”という力はかなり繊細かつ想像以上に万能だ。  力任せに振り回すだけじゃ、その利点を十全に発揮できないどころか……さっきみたいに試合の途中でスタミナ切れを起こしかねない。  ……お前は戦闘技術云々よりも、“重力”のコントロールを鍛えた方が良さそうだな」  「実力自体はあるんだからな」と、付け加えつつそう言った朱雀。その言葉に、遼はがっくりと項垂れ「やっぱ、そうなるよなぁー……」と唸りながら頭を抱える。 「“重力”のコントロール、ってことはつまり“固有魔法”のコントロールで……結局は魔力コントロールの練習に行き着くんだよなぁ。苦手なんだよぉアレ……」 「気持ちは分かるよ、橘……しかし、魔法士として大成するには必須の技術だ。これを期に、本腰を入れて鍛錬に取り組むのも悪くないんじゃないか?」  げんなりとした表情でそう零す遼の肩に手を置き、諭すような口調でそう言う伶於──その言葉を受けた遼の脳裏に、代表を決めた日に玲奈の前で宣言した言葉が思い起こされた。  
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