第二十章「すれ違い」

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「そうだ……頑張るって、負けないって決めたんだった」  自分に言い聞かせるようにそう呟き、ぐっと拳を握り締める遼。そして背筋を伸ばすと、ニカッと白い歯を見せ伶於に向けて拳を突き出した。 「ありがとよ、レオ! 俺、もっと強くなるぜ!!」 「ふふ……そうかい。鍛錬する時は声を掛けてくれよ、生徒会の会議がない日であればいつでも助力しよう」  決意のこもった力強い表情でそう言った遼に、伶於は人差し指で眼鏡の位置を整えながら笑みを浮かべる。そして、遼の拳に自身の拳を軽く当てた。  ──そんなやり取りの後、遼と伶於はフィールドを降りる。  それを流し目で見送った朱雀は、フィールドの脇で待機している水乃と華音へと視線を向け口を開いた。 「……では、次は水乃と華音だ。お前たちには魔法を主体とした戦闘を見せて貰いたい」  朱雀の言葉に、水乃と華音は同時に──しかし異なる反応を見せる。  水乃は目を閉じ小さく頷くと、無表情のまま魔武器である深蒼の(しゃく)(じょう)── “蒼鈴(そうりん)”を呼び出しながら早足でフィールドへと上がる。  片や、どこか遠くを見つめているようにぼうっとした表情を浮かべていた華音は、はっと肩を震わせると水乃の後を追うように慌ててフィールドに上がった。  その様子を見ていた朱雀は、僅かに眉を寄せ首を傾げる。 (……? 華音の奴、なにか様子がおかしいな。心の準備ができていないというか……だが、各々の現状の実力を図るために模擬戦を行うことは最初に言ったはず……。  ──まぁ、良い。覚悟できていないなら、それは奴自身の問題だ。俺が気にすることではないか)  フィールドに立ったものの、どこかあたふたとして集中できていない様子の華音を横目に見つつ、心中でそう呟く朱雀。しかし声を掛けることはせず、フィールドを降りた。  そして、指を弾き“模擬戦結界”を再展開しながら口を開く。 「……それじゃあ、始めてくれ。思うことがあれば適宜声を掛けていくからな」  そう言い、目を鋭く細め腕を組む朱雀──その瞬間、まるでゴング代わりといわん風に水乃の周囲で青い魔力が渦を巻いた。  臨戦態勢を取った水乃を前に怯みながら、慌てて白い羽根の意匠が施されたダガー ──魔武器である“白羽(しらは)”を呼び出し太腿のホルスターにセットする華音。  真っ直ぐな青い瞳と揺れる灰色の瞳が、交差する──水乃は“蒼鈴”の鈴をしゃらりと鳴らし、華音へと向けた。 「さっきも言ったけど……手加減しないよ。覚悟して」 「……っ!?」  * * *  ──次の日。  いつも通り早朝のトレーニングを終え、いつも通り朝食を取り制服に着替えた龍也は、洗い物の途中でこれまたいつも通り──甚だ不本意ではあるものの──部屋にきた朱雀に文句を言いつつ、コーヒーを煎れていた。  足を組みソファーのひとつを占領しつつ、澄まし顔でコーヒーカップに口を付ける朱雀。  ──不意に、コーヒーカップを置くと真剣な表情で口を開いた。 「……ところで、龍也。  お前、ここ最近の華音の様子について……なにか知っているか?」 「……華音の? いや……特になにも知らないけど」  朱雀の質問に、龍也は眉をひそめ首を横に振る──朱雀(オマエ)たちが押し掛けてきたあの日以降、マトモに会話してないからな……と、心中で付け加えながら。  そのまま「なにかあったのか?」と質問を返す龍也だが、朱雀はすぐに答えず口元に手を添え考え込む素振りを見せる──暫しの沈黙の後、目を閉じ口を開いた。 「……いや、知らないなら良いんだ。済まないな」  首を横に振りながらそう言い、再びコーヒーカップを手に取り口を付ける朱雀。龍也は、そんな朱雀を数秒の間無言で見つめていたが、すぐに興味が失せたように視線を外し「……そうか」とだけ返す。  ──()()()までの龍也なら、もっと深く事情を聞き込み必要とあらば行動していたかもしれない。しかし()()龍也にとって、華音は深く関わるべき対象ではない。  「まあ、俺には関係ない話か……」と呟いた龍也は、残りの洗い物を片付けるべくカウンターキッチンへと向かった──。  * * *  ──こんなに登校するのが憂鬱なのは、初めてだ。  心中でそう呟き、俯きがちにため息を吐きながら、寮から校舎へと伸びる石畳の道を重い足取りで歩く華音。 「はぁ……なんで私、魔闘祭のメンバーなんかに選ばれちゃったんだろう。  龍也くんと一緒だったら……文化祭側のメンバーだったら、こんな思いせずに済んだのかな……?」  談笑しながら自分を追い抜かしていく生徒たちの背中を潤んだ瞳で遠目に見つめ、華音はそう呟く──たらればでしかない、どうしようもない弱音を吐いていることは華音自身分かっている。  自分が魔闘祭のメンバーなのは、クラスメートたちが推薦してくれたからであり、それを受け入れたのは他でもない自分。  今更それに不満を漏らしたところで何の解決にもならないどころか、自分を推薦してくれたクラスメートたち、そして落選した玲奈に対して失礼でしかない。  ──それを理解した上で、華音は今にも挫けそうな自分の心を少しでも誤魔化すために、弱音を吐くことしかできなかった。  しかし──いくら弱音を吐いても変わらない。華音を追い詰めるように脳裏にフラッシュバックするのは、昨日の光景。  水乃との模擬戦での──()()。  
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