第二十章「すれ違い」

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 * * * 「──……手加減しないよ。覚悟して」 「……っ!?」  水乃の冷徹な呟きが鼓膜を震わせるや否や、渦巻く魔力が瞬く間に視界を覆い尽くすほどの巨大な波へと顕現する。  いきなり大技っ──と、心中で驚きの声を上げる華音。しかし驚いてばかりではなにも始まらない。そう自身に言い聞かせるように焦る心を奮い立たせ、防御魔法を展開すべく身構えた。 「……“水よ、激流となれ”。 ── “タイダルウェーブ”」  二言──水乃の口から紡がれた、待機している魔力量とまるで釣り合っていないその短過ぎる詠唱は、しかし魔法の引金(トリガー)として十全に機能し、巨大な波はうねりを上げ全てを飲み込まんと華音に迫る。  ──水属性上級魔法“タイダルウェーブ”。  ()()の高等部1年生では発動することすら難しいその魔法を“高速詠唱(スペル)”で完璧に発動してみせた水乃に、朱雀は思わず「ほぉ……!」と感嘆の声を零した。 「うおぉ……! 上級魔法を高速詠唱かよっ!?」 「初手から魅せてくれるじゃないか、相原……!」  フィールドの脇で観戦している遼と伶於もそう驚きと感心の声を上げる中──今にも叩き付けられそうな巨大な波の圧力(プレッシャー)を前に、華音はすくむ足に力を込めて息を吐き魔力を練り上げた。 「っ…… “光よ、聖なる祈りで我を護れ”! “ホーリープロテクション”っ!」  早口での“完全詠唱”によって展開されたドーム状のバリア、中級防御魔法“ホーリープロテクション”が華音を包み込む──その瞬間、目を細めて一連の流れを観察していた朱雀が「……む?」と眉を寄せた。  それとほぼ同時に、遼も「えっ!?」と声を上げる。 「“プロテクション”なのか、“ウォール”じゃなくて!?  水の魔法はスゲェ()()()()()から、全体防御(プロテクション)よりも一点集中(ウォール)の方が()が良いんじゃないのか?」 「……一般的(・・・)にはそうだが、この場合は難しい選択だね」  遼の疑問を孕んだ言葉に、顎に手を添え眼鏡の奥で目を細めながらそう返したのは伶於。その言葉に、遼は首を傾げた。 「この場合……って、どういうことだよ?」 「Sクラスとの模擬戦闘授業を……相原と雷門のマッチアップを思い出してみろよ、橘。  ……あの時、相原の“タイダルウェーブ”に対して雷門は君の言う通り、“ウォール”系統の防御魔法を選択した。相原の()()が割れていない以上、当然の選択だ。  ──その結果、()()()()()はどうなった?」 「フィールド……? そりゃあ、大波の余波で水浸しに……っああ! そうか、水乃の“固有魔法”か!」  伶於の言葉に、首を捻りうーんと唸りながらそう答えた遼──しかし言葉の途中で伶於の言いたいことに気付いたようで、手を叩きながらそう声を上げる。  そんな遼に、伶於は人差し指で眼鏡の位置を整えながら「その通り」と頷いた。 「水中に身を潜める相原の“固有魔法”……あれがある以上、水浸しの場に立つのは全方位からの攻撃に晒されるのと同義だ。白霧も、当然それは理解しているだろう。  ……その点、“プロテクション”系統の防御魔法なら全方位を守る関係上、魔法を解除しない限りは周囲への浸水を防ぐことができるからね」 「なるほど〜……」  伶於の解説に、遼は納得したようにうんうんと頷く──2人がそんなやり取りをしている傍ら、朱雀は厳しい視線を華音へと向けて静かに口を開いた。 「……いや、これは防御魔法の選択()()の問題だ」  ──その呟きは、巨大な波がフィールドの石畳に激しく叩き付けられた破裂音によって掻き消された。 「っく、ううぅ……!?」  防御魔法ごと巨大な波に飲み込まれた華音は、身体の芯から震わせるようなその衝撃に、歯を食いしばり呻き声を漏らす──まるで削岩機のごとく、防御魔法を通じて凄まじい勢いで魔力を削り取られる感覚に、ガクガクと両足が震える。  ──そして、衝撃に耐え切れずがくんと脱力するように片膝をついた瞬間だった。 「……えっ」  思わず、呆けた声が零れる──華音を守っていた“ホーリープロテクション”が、まるで圧力に負け押し潰されるように甲高い音を立て粉々に砕け散った。  しかし──その音が耳に届いたのも一瞬で、次の瞬間には華音の身体が荒れ狂う激流に飲み込まれる。  全身を打ち砕くような衝撃、まるで紙細工のように振り回され蹂躙される平衡感覚、そして──呼吸ができず瞬く間に喰らい尽くされる肺の空気。  全身を襲う“死”の恐怖に絡め取られたのも束の間──ものの数秒ともたずに、華音の意識はブラックアウトした。  * * * 「……はっ」  ──鼓膜を震わせた周囲のざわめきに、華音はビクッと肩を震わせキョロキョロと辺りを見渡す。  どうやら昨日のことを思い返している内に、いつの間にか教室までたどり着いていたようだ。思い思いに談笑するクラスメートたちのいつも通りの光景に、華音はほうっと息を吐き教室へと足を踏み入れた。  窓際最後尾のひとつ隣──自身の席に座り、机に鞄を置いて一息つく。そして、ちらと隣へと視線を向けた。 「……えと。お……おはよう、龍也くん」 「おう、オハヨ」  どこかぎこちない笑みを浮かべ、そう挨拶をする華音──隣の席、文化祭の出し物について纏められた書類に目を通していた龍也は、そんな華音に視線を向けることなく短く返す。  うっ、と。流れで会話を振ろうとしていた華音の言葉が喉元でつっかえる──話し掛けるな、と言外に告げているような龍也の素っ気ない返事に、思わず口をつぐんでしまった。   
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