第二十章「すれ違い」

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(集中してたのかな……もしかして、怒らせちゃったかも?  ──なんで、こんなに上手くいかないの……?)  二の句を告げることができず、それっきり会話が途切れてしまう。()()()までは普通に話せていたはずなのに、話したいことは沢山あるはずなのに──まるで会話のしかたを忘れてしまったかのように、言葉が出てこない。  ぐっと唇を噛み、ため息と共に心中でそう嘆く華音。その胸中でぐるぐると蠢く、黒くもやもやとした感情──悲しみ、焦り、そして嫉妬。  はっ、と。華音は首を横に振る。邪な感情を振り払うように。 (……ばかみたい、私。勝手に余計なこと考えて……焦って空回りして、他の女子(ひと)に嫉妬して。  こんなんじゃ、()()水乃ちゃんに怒られちゃうし、朱雀くんたちにも迷惑掛けちゃう……集中しないと)  自分に言い聞かせるように心中でそう呟き、華音は両手で自身の頬を軽く叩く。そして、黒くもやもやとした感情でざわつく胸中を抑えるように、胸元──制服の下に隠した、白い翼のネックレスに手を添え、きゅっと握り締めた。  * * * 「遅いな……隙だらけだよ、白霧」 「……っ!」  ──青白い雷光を纏った青銅色の刃が、鋭い軌跡を描き華音の首元に突き付けられる。  射撃魔法による牽制も、視認した攻撃を空間ごとズラす“固有魔法” ── “ディストーション”による防御も間に合わなかった伶於の速度に、華音は背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ「……降参、です」と両手を上げた。 「……そこまでだな。とりあえず、2人ともお疲れさま」  伶於が雷光を霧散させ剣を引くと、タイミングを見計らったようにそう言いながら朱雀がフィールドへと上がってくる──時は流れ、放課後。昨日と同じく第四闘技場で魔闘祭に向けた特訓が行われていた。  朱雀の言葉に、汗のひとつもかかず涼しい表情で頷く伶於と、眉根を下げ脱力したように肩を落とす華音。そんな2人を交互に見やり、朱雀は再び口を開いた。 「まず勝者である鋼堂だが……言うことは特にないな。射撃魔法を的確に捌き、自身の土俵である接近戦に持ち込む……今日のテーマに沿った、良い動きだった」 「お褒めに預かり、光栄だよ……まぁ、少々手応えがなかったというのが本音だがね」  朱雀の言葉に、人差し指で眼鏡の位置を整えながらそう返す伶於──ちら、と華音を流し目で見やりながら呟かれた後半の言葉に、華音は「……うっ」と小さく縮こまる。  朱雀は、そんな伶於の言葉に「そうだな……」と息を吐き、華音へと鋭く細めた赤い瞳を向けた。 「……華音。昨日の()()な完成度の防御魔法もそうだったが、まるで集中できていないな……魔法の精度も甘ければ、反応も鈍い。  はっきり言うが、この調子では他の奴の練習にならない……むしろ足を引っ張るだけだ」 「ご……ごめんなさい」  責めるような視線と共に言われた朱雀の言葉に、華音はスカートをぎゅっと握り締めてそう声を震わせる──結局、集中できずに迷惑を掛けてしまった。自分の情けなさに嫌気が差す。  じわ……と、華音の目尻に涙が浮かぶ。伶於の言葉も朱雀の言葉も全てその通りであり、華音に反論の余地はない。それに心を痛めて泣くなど、お門違いも甚だしい。  ──しかし、そう頭では理解していても、華音はどうしても涙を堪えることはできなかった。 「し、白霧……っ?」  静かに嗚咽を漏らす華音に、伶於がそう困惑の声を零し眼鏡の奥で青銅色の目を泳がせる──言い過ぎたか、と言外に焦りを滲ませた表情を浮かべる傍ら、朱雀は眉間を押さえ小さくため息を吐いた。 「……華音、今日はもう休め。お前がなにを悩み焦っているかは俺には分からないが……無理はするな。落ち着いたら、また参加すれば良い」  困ったような表情とは裏腹に優しさを感じさせる朱雀の言葉に、華音は袖で涙を拭い目を伏せ無言で頷く。そして小さく「ごめん」と呟き、2人に背を向けるように踵を返した。  ──こんな時、龍也くんがいてくれたらなんて声を掛けてくれるのかな。そんな風に考えたのも束の間、華音は「……いや」と小さく首を横に振る。 (きっと……龍也くんも朱雀くんと同じことを言うはずだよね。こんな時まで甘えようとして……ほんっと、ばかみたい)  口元に自虐的な笑みを浮かべ、華音は心中でそう呟く。そして静かにフィールドを降りた。 「かっ、華音……」  そのまま闘技場を出て行く華音を視線で追いながら、困惑と心配の入り混じった表情を浮かべる遼。その隣、無言で華音の背中を見つめていた水乃は、唇を噛み小さく呟いた──。 「──絶対、なにかあったに違いないよ……」  * * * 「……龍也が? それは確証があるのか、水乃?」 「ううん……それは分からないけど」  ──時は流れ、放課後の特訓も終わり、完全下校時間もとっくに過ぎた頃。  寮の1階の食堂、その一角──周囲に他の利用者がいない端の席で向かい合った朱雀と水乃は、食事を取りつつ小声で言葉を交わす。  9月の後半から10月の現在に至るまでの、華音のおかしな様子。その原因の一端に龍也が関係している──そう睨んだ水乃は、そのことを朱雀に話していた。  それを聞いた朱雀は、定食を食べる箸を止め眉をひそめる。 「……確かに、華音(あいつ)と龍也はかなり親しい間柄だからな。実は今朝……俺も龍也に聞いてみたんだよ」 「そうなんだ。それで……龍也はなんて?」 「特になにも知らない……だ、そうだ」  
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