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「……周りには誰もいないぜ。そろそろイイんじゃないか?」
空き教室が並ぶ無音の廊下に、苦笑混じりの龍也の声が響く。
──3分ほど無言で歩いていた龍也と水乃。階段を登り5階の廊下を暫く奥へと進んだところで、水乃は龍也の言葉を受けてか否かゆっくりと足を止めた。
それに合わせるように、龍也も数歩離れたところで立ち止まる。そして、小さく息を吐き水乃の背中へ向けて口を開いた。
「それで……? 話ってなんだよ。
──ここ数日、俺のコトをコソコソと観察してたのと関係があるのか?」
「……気付いてたんだ」
薄い笑みが含まれた龍也の言葉に、水乃はゴクリと息を飲み静かにそう零す。そしてゆっくりと振り返り龍也と視線を合わせた──感情の読めない無機質な蒼い瞳が、水乃を見据える。
水乃は胸元できゅっと手を握り、ゆっくりと深呼吸をする。そして、意を決したように口を開いた。
「じゃあ……単刀直入に聞くよ。なんで、華音のことを避けてるの?」
「華音の……はて、なんのコトやら?」
真剣な表情でそう切り出した水乃に対し、龍也は口元だけの笑みを浮かべしれっとした様子で首を傾げる──むか、と。そんな龍也の反応に、水乃の胸中に怒りが込み上げた。
「とぼけないでよ……っ!
華音、ずっと悩んでるんだよ? もしかして、龍也に嫌われるようなことをしたんじゃないかって……龍也だって、隣の席なんだから華音の様子がおかしいことくらい気付いてるでしょ?
──それなのに! なんでそんな風にしれっとしていられるの……っ!」
険しい表情で2、3歩詰め寄り、睨み付けるように龍也を見上げそう言う水乃。静かな声色に怒りを滲ませるそんな水乃に対して、龍也は「知ったこっちゃない」といわん風に嘆息しながら口を開いた。
「なんで……って言われてもなあ。
一応言っとくが……別に、俺は華音のコトを嫌ってるワケじゃないぜ。でもさ、俺が誰と話そうが誰と距離を置こうが、ソイツは俺の勝手だろ?」
ポケットに手を突っ込み、ふらりと水乃から距離を取り窓枠に腰を預けながらそう言う龍也。
そんな龍也の動きを目で追いながら、水乃は険しい表情を崩さずぎゅっと胸元で手を握り口を開いた。
「それは、そうかも知れないけど……!
──じゃあ、急に華音と距離を置きだした理由はなに? 今までずっと仲良くしてたのに……理由もなしじゃ、華音だって納得できないよ!」
身を乗り出し、必死の様相でそう声を上げる水乃──普段の大人しい様子からは想像できないほどの声量で静寂の廊下に響いたその言葉に、龍也は「理由、ねぇ……」と静かに息を吐いた。
「──逆に聞くが、華音はなんでその程度のコトでそんなに悩んでるんだよ……俺とアイツは、ただの友人でしかないのにさ?」
「それは……っ」
無機質な蒼い目を細め、そう聞き返す龍也──質問を質問で返された形となった水乃だが、しかし言葉に詰まってしまう。
──華音の、龍也に対する秘めた思いを知っているからこそ、水乃は龍也の言動に憤りを感じていた。しかし、龍也の目線から考えると華音の悩みや水乃の憤りは、それこそ理由が分からないものでしかない。
しかし──そんな風に思考を巡らせる余裕もなく、水乃は感情に任せて口を開いていた。
「──それはっ! 龍也のせいでしょ!!
親身になって悩みを聞いてあげて、解決のための特訓に付き合って! お出掛けに誘って、欲しがってたネックレスまでプレゼントしてさ!!
そんな……そんな風に優しくしてくれた男子のこと、ただの友達だなんて思える訳がな──ッ!?」
はっ、と。慌てて口をつぐむ水乃──声が途切れしんと静まり返った廊下に、息を飲む音がやけに煩く聞こえる。
ただの友達と思える訳がない──それはつまり、友達以上の感情を抱いていると言っているようなもの。華音が自らの口で龍也に伝えなければいけないその思いを、激情に駆られていたとはいえ思わず口走ってしまった。
私は、なんてことを──と、心中で激しい後悔に襲われながら、水乃は恐る恐る龍也の表情を伺う。
しかし水乃の予想とは裏腹に、龍也の表情は冷静そのものであった──ゆっくりと窓枠から腰を上げ、どこか納得したように口を開く。
「なるほどね……ズイブン、俺と華音の事情を知ってるんだな。アイツから聞いたのか?
そうだとしたら……他人のお前がそこまで怒っていた理由も理解できるよ」
先ほどまでの感情が読めない冷たい様相から一転、龍也は笑みを浮かべ軽く頷きながらそう言う。対して水乃は、思わず困惑した表情を浮かべ「りゅ、龍也……?」と首を傾げる。
龍也は、そんな水乃にふっと意味深に細めた蒼い瞳を向け、口を開いた。
「──華音が、龍也にただの友人以上の感情を抱いているコトくらい……気付いてるよ」
なんの感情も抱いていないとでもいわん風な、酷く淡白な口調でそう言った龍也──その言葉の意味をすぐに理解することは、水乃にはできなかった。
まるで、ゆっくりと咀嚼し飲み込むように──ゴクリと喉を鳴らした水乃は、震える声を絞り出す。
「……な、なんで……?」
いつから気付いていたのか。気付いているのになぜ無視しているのか──様々な理由が込められた水乃のその短い問いに対し、龍也は軽く肩を竦め口を開く。
「アイツのその感情は……間違いだからだよ」
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