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「……まち、がい?」
薄笑いと共に冷たく言い切られた龍也の言葉を、水乃は目を瞬かせながら震える声で反芻する。
言っている意味が分からない──と、眉をひそめ心中で困惑する水乃に、龍也は「そ、間違い」と頷いた。
「華音が龍也に向けている感情は、一時の気の迷いってヤツだよ。熱に浮かされてる……とでも言うべきかな?」
肩を竦めながら、軽い口調でそう言う龍也──ゆっくりと、ひとつずつ。困惑しながらも、水乃はその言葉の意味を理解し飲み込んでいく。
そうして、困惑の次に水乃が心中で抱いた感情は──怒りだった。
「──なんで? なんでそんなことっ……平気な顔して言えるの!?
華音が、どれだけ龍也のことを思ってるか……! 華音の気持ちに気付いてるんなら、それだって知ってるはずでしょ!? それなのに、どうしてそんな酷いこと言うの……っ?」
目尻に涙を浮かべ、怒りと悲しみが入り混じったぐちゃぐちゃな表情で龍也に詰め寄りながら、水乃はそう声を荒げた。
ブレザー越しに身体が触れ合うほどの至近距離で龍也を見上げ──否、睨み付ける水乃に、ポケットに手を突っ込んだまま僅かに身体を反らして距離を取りながら、龍也は口を開く。
「確かに、酷い言い方だったかもな……けど、これは事実だよ。仮にそうじゃないとしても……少なくとも俺は、華音に対してなんとも思っていない」
「──っ! そんなこと……じゃあ、なんで龍也は華音の相談を親身になって聞いて、解決してあげたの? お出掛けに……デートに誘った上に、華音が欲しがってたネックレスまでプレゼントした理由はなんなの!?
そこまで華音にしてあげてるのに……っ、なんとも思ってないなんて嘘でしょ!」
近えよ、と言外に訴えるように目を逸らしながら、ため息混じりにそう言う龍也に対し、そんなことお構い無しに身を乗り出しながら、ぐっと拳を握り締めそう声を上げる水乃。
龍也は、そんな水乃の言葉に「……理由?」と首を傾げた。
「そんなモン、特に考えてなかったな……まあ、相談については華音が俺を頼ってきた。だから応えた……加えて、ギルド隊員目線で言うなら、才能ある人間が伸び悩んでいたから、成長を手助けした。それだけだ」
表示を変えず淡々とそう言った龍也に、水乃は息を飲み思わず1歩後退る。そして、口を開こうとした水乃を遮るように、龍也は間髪入れず言葉を続けた。
「で、皇都への買い物……デート? まあ、なんとでも言えばいいさ……アレは俺が誘って、華音は快く受けてくれた。それに対して礼の品のひとつも渡さないのは失礼だろ。そこに、特別な感情は必要なのか?
──そうだな、仮に誘った相手が他の女子……それこそ水乃だろうと、品は違えど礼はしただろうぜ?」
あのネックレスを選んだのは、丁度アイツが欲しがってたからだな──と付け加えつつ、「コレで満足か?」とため息混じりに肩を竦めた龍也。
その言葉に嘘はない、本心で言っている──水乃は、直感的にそう理解していた。
「……そう、だったんだね」
ゆっくりと後退るように龍也から離れながら、水乃は目を逸らし心なしか掠れた声でそう頷く──華音にとっての大切な思い出も、龍也にとってはそこまでのものではない。その事実に、水乃はショックを受けていた。
龍也が、華音のために善意で動いていたことは事実である。しかし、そこに対する華音との心の温度差──悲しいまでのすれ違いに、水乃は息苦しさを感じずにはいられなかった。
きゅっと胸元で手を握り、俯きがちに唇を噛んで黙り込む水乃──それを横目に、龍也は静かに口を開く。
「ついでに……華音の感情が間違いだって言った理由だけどさ。
アイツが真に思いを寄せている相手──それは、龍也じゃねえ」
窓の向こう、目を細めどこか遠くを見つめながらそう言う龍也。そんな龍也の言葉に、水乃は顔を上げて「……? そんな人、他にいる訳──」と言葉を零す。
──が、言いかけたところでハッと口をつぐむ。そして、ゆっくりと息を吐きながら口を開いた。
「……もしかして、それって華音の“恩人”の── “戦神”様のことを言ってるの?
でも、なんで龍也がそのことを知って……?」
口元に手を添え、そう訝しげな表情を浮かべる水乃。そんな水乃の疑問に、龍也は視線だけを向け「アイツから聞いたんだよ」と口を開く。
「実戦授業の最終日……お前たちは“黒雷の戦神”によって救助されたよな? その時の、華音の様子がどうにも気になってね……ちょいと、“戦神”について聞いてみたんだ。
そしたら、アイツは自身の過去を……“戦神”がかつての恩人であることを話してくれた。もう一度会いたい、今の自分を見て欲しい……ともな。
それを聞いて、俺は確信したんだ。アイツが真に思いを寄せている……慕っている相手、そいつは龍也じゃない── “戦神”だ。ってさ」
「そっか……華音、そんなこと言ってたんだ。でも、私が聞いた時は“戦神”様よりも龍也のことを────ん?」
龍也の言葉を、頷きながらも疑問を抱きつつ聞いていた水乃──ふと。激しい違和感を覚え、思わず抜けた声を零した。
今……龍也、なんて言ってた──? と、背中を冷や汗が伝う。これ以上考えてはいけない──なぜかそんな予感を覚えつつも、それとは裏腹に脳はフル回転し先ほどの龍也の言葉をひとつずつ精査していく。
──そして、違和感の正体に気付いた水乃の心臓が、ドクンと跳ねた。
(華音の様子がどうにも気になってね──って、なに……その言い方、おかしくない……?
それじゃあ、まるで……あの時、あの場での華音の様子を、直接見てたみたいじゃん──っ!?)
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