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水乃は思わず息を飲み、そのまま黙り込む──静寂の中、うるさく脈打つ自身の心臓の音が聞こえるが、そんなものは気にも留めない。額に浮かんだ汗を拭うことも忘れ、無意識のうちに口元に手を添え更に思考を巡らせる。
──水乃を見据える龍也の表情から、感情が抜け落ちていくことにも気付かずに。
(でも……だとしたら、どこで……?
あの時、“木寿の町”は赤灼竜の炎に包まれてて……最初に助けに来てくれたギルドの人たちは、私たちを庇い吐息に飲まれて……その後、私たちの前に姿を見せたのは────っ!?)
──ぞわり、と。思考の果てにひとつの“答え”にたどり着いた瞬間、水乃の全身から嫌な汗が吹き出た。
底冷えするような肌寒さを感じ、水乃は身を震わせる──大きく見開かれた青い瞳が、“答え”を求めるように龍也へと向く。そして、半ば無意識の内に口を開いた。
「……まさ、か。龍也、あなたは──っ」
しかし言い掛けたところで、水乃は思わず口をつぐむ。
突如として襲った言いようのない恐怖──龍也から僅かに漏れ出た殺気によって、水乃は強制的に黙らされていた。
声を奪われた水乃は、恐怖に揺れる瞳で龍也を見つめる──龍也は、無言だった。ただ大きく息を吐き、目を閉じるとおもむろに手のひらで目元を覆う。
ゴクリ、と。その一挙一動に水乃は唾を飲み込む──龍也は、まるで被っていた仮面を外すかのように、ゆっくりと中指と薬指を広げた。
隠れていた瞳が──露わになる。
「……水乃。今お前が考えたこと、そして言おうとしたこと。それは──絶対に口に出すな」
薄暗く影が落ちた廊下に響く、重く低い龍也の声──指の隙間から覗く無機質な金色の瞳が、真っ直ぐに水乃を見据えていた。
──気付けば、水乃はその場にへたり込んでいた。浅い呼吸を繰り返し、見開かれた瞳で龍也を見上げる。
そんな水乃を見下ろし、龍也は目元を覆っていた手を静かに下ろす──そして、蒼い瞳をふっと緩めて口を開いた。
「でも、コレで分かったろ? 俺が華音との距離を置いた理由がさ……」
龍也はそう言いながら、ゆっくりと歩を進め水乃との距離を詰める。そして、未だにへたり込んだ姿勢のままの水乃の眼前に立つと、しゃがみ込んで視線を合わせた。
「水乃……お前は賢いし、話が分かるヤツだと思っている。
だから──明日からはいつも通りに頼むぜ。これ以上俺のことに首を突っ込まなけりゃ……お前に、面倒を掛けることもないからさ」
笑顔でそう言い、龍也は「な?」と水乃の肩をポンと軽く叩く。そして、返事を待たずに立ち上がるとそのまま踵を返した。
「じゃ、俺は教室に戻るぜ……とは言っても、そろそろ下校時間だけどな。
お前も、遅くなる前に朱雀たちと合流するなり帰るなりしろよ……じゃあな」
懐から取り出した懐中時計に目を落としながらそう言い、龍也は軽く手を上げると階段の方へと歩いてゆく──段々と離れていくその背中を、へたり込んだまま呆然と見つめていた水乃。
やがて龍也の姿が完全に見えなくなると、緊張の糸が途切れたようにはあっと大きく息を吐いた。
「──龍也が、“黒雷の戦神”……様。
はは……とんでもないこと、知っちゃったな……」
静寂の廊下に零れたその呟きは、定刻を告げる重い鐘の音によって掻き消された──。
* * *
「──いや、やっぱり止めた方が良いよね。でも……」
呼び鈴のボタンを押そうと伸ばした手を引っ込め、首を横に振りながらそう呟く水乃。しかし気が変わったのか、再びボタンへと手を伸ばし──やはり引っ込める。
時は流れ──完全下校時間も過ぎた頃。華音の部屋の前に立った水乃は、かれこれ3分間この動きを繰り返していた。
引っ込めた手をぎゅっと握り、水乃はため息を吐く。
(さっき……龍也と話したこと。さすがに華音には言えないけど……このままじゃ、結局なんの解決にもなってないし……私、どうしたら良いんだろう)
「……水乃? なにやってんだ?」
「──わひゃあ!? っす、朱雀?」
扉を見つめ、そう心中で唸っていた水乃──不意に、側方から朱雀に声を掛けられる。突然のそれに水乃はビクッと肩を震わせ、素っ頓狂な声を上げてしまった。
そんな水乃に、思わず苦笑を零し「わひゃあ……って、なんだよその声」と肩を竦める朱雀。
水乃は、朱雀のその言葉に顔を赤くして「ご、ごめん……驚いちゃって」と肩を縮こまらせた。
「まぁ、良い……それより、華音の部屋の前でなにやってたんだよ? ……昨日話したあの件の関連か?」
「うん……そうなんだけど、ちょっとね……」
表情を真剣なものへと変え、仕切り直すようにそう切り出した朱雀。その言葉に背筋を伸ばした水乃は、しかし目を逸らし言いにくそうに口ごもる。
そんな水乃に、朱雀は「ちょっと……どうしたんだ?」と、訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。水乃は暫しの間逡巡した後、朱雀へと真っ直ぐに視線を向け口を開いた。
「……場所を変えようよ、朱雀。誰にも聞かれないところで話がしたい」
「……分かった。なら俺の部屋が近いが……構わないか?」
水乃の言葉を受けた朱雀は「なにかあったな」と直感し、即座にそう提案する。それに対して水乃は「うん、大丈夫」と頷き、踵を返して自室へと向かう朱雀に着いて行く形で華音の部屋を後にした──。
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