第二十章「すれ違い」

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 * * * 「……なるほどな。やはり、龍也が原因だったか」  顎に手を添え、難しそうな表情を浮かべた朱雀はそう呟く──朱雀の部屋、備え付けの家具以外になにも無い殺風景なリビングで、ソファーに座った水乃は昨日の夜に華音から聞いたこと、そして廊下で龍也と話したことの内容を要約し、朱雀に話していた。  当然、水乃目線では龍也が“黒雷の戦神”であることは朱雀に喋れないので、龍也の行動理由は「分からない」とした。  しかし、華音が悩んでいる理由を明確にするため──加えて、華音には非がないことを理解してもらうため、華音の龍也に対する気持ちは明かさざるを得なかった。 「その、華音の知らないところで話しちゃうのはどうかなとは思ったけど……まぁ、朱雀なら変に他人にバラすなんてことはしないと思うから、大丈夫だよね」  そう申し訳なさそうに言う水乃に対し、向かい合う形で座っている朱雀は腕を組み「当たり前だろ」とでもいわん風な表情でため息を吐く。 「俺がそんなことをする訳無いだろう……それに、華音(やつ)が龍也に対して()()()()()()を抱いていることは、薄々勘づいていたからな」 「そう、なんだね……私のことは、気付いてくれないのに」  チクリ、と胸が痛む──澄まし顔でそう言った朱雀の言葉に、水乃は頷きながらも僅かに表情を歪め、唇を噛み今にも消え入りそうな声でそう呟く。  しかし、聞こえていなかったのか朱雀は「……なにか言ったか?」と首を傾げる。水乃は僅かに目を伏せ「ううん、なんでもない」と首を横に振ると、すぐに顔を上げ仕切り直すように口を開いた。 「それで、朱雀はどう思う? 私としては華音に「割り切れ」って言うのも無茶だと思うし、どうにかして龍也を説得したいな、って思ってるんだけど……」 「ふむ……そうだな。水乃(おまえ)の言いたいことは分かるんだが……しかし、難しいな」  水乃の言葉──言外に「朱雀からも龍也を説得してよ」と訴えているそれ──に対し、しかし朱雀は神妙な面持ちで考え込むように顎に手を添えそう唸る。  そんな朱雀に、水乃は首を傾げ「難しい?」とその言葉を反芻する。朱雀は「ああ」と頷き言葉を続けた。 「言ってしまえば、これは華音と龍也の問題だ……誰がどいつと連もうが、それはそいつ自身の勝手だ。他人がとやかく口出しするものじゃない。  ……多分、龍也も同じことを言ってたんじゃないか?」 「それはっ……うん、朱雀の言う通りだよ。けど……!」  きゅっと胸元で手を握り、そう声を上げる水乃──今しがた朱雀が言ったこと、そして廊下で龍也が言っていたこと。それは紛れもない正論だ。  誰が誰と関係を築こうと、それはその人自身の自由──そんなことは、水乃だって理解している。  しかし、華音の心からの言葉を──龍也が「好き」という真っ直ぐな感情を知っている水乃は、それを正論などという冷淡な言葉で抑えつけたくはなかった。どうしても、華音に報われて欲しいと思っていた。  ──水乃自身、誰かに恋心を抱くという気持ちを理解しており、自身が華音のような状況になったらどれだけ辛いか、痛いほどに分かっているから。  しかし──そんな感情を瞳に込めた水乃を前にしてなお、朱雀は冷静に口を開く。 「水乃……華音をどうにか助けてやりたいという、お前の気持ちは分からんでもない。  しかし、残念だがこの件で俺に協力できることはなにも無い……そもそも、龍也は俺を含め他人に言われて行動を変えるような奴じゃない、ってのもあるがな」 「……──っ!!  そっか……うん、分かった。ありがとね、朱雀……話だけでも聞いてくれて」  眉根を下げ申し訳なさそうにそう言う朱雀。水乃は、その言葉に内心ショックを受けながらも、取り繕うように微笑みを浮かべそう返した。  見るからに無理しているようなその笑顔──しかし朱雀はそれに言及することはなく、玄関へと向かう水乃を見送るべく立ち上がった。 「そうだな……もしも、華音の精神状態が現状のまま……もしくは悪化するようなことがあれば──最悪、魔闘祭の人員の変更も検討しなければならんかもな」  あんな状態の華音(あいつ)に、無理はさせれないからな──最後にそう付け加えつつ、あくまで冷静な口調で呟くように言った朱雀。その言葉に、ドアノブに手を掛けていた水乃はピクリと小さく肩を震わせる。  そして、眉根を下げつつ弱々しい笑みを零し、背中越しに朱雀の方へと振り返った。 「……冷たいんだね、朱雀って」 「元来、俺はこういう人間だよ……お前だって、良く知っているだろう?」 「そう……だったかな。  ──じゃあ、また来週ね」  そう短く言葉を交わし、水乃は扉を開け朱雀の部屋を後にする──朱雀ならなんとかしてくれる、そう思っていた水乃は、もう一度振り返って「やっぱり──」と縋りたくなる気持ちを必死に抑えて、静かに扉を閉めた。  カチャ、と──内側から鍵が閉まる音が聞こえる。水乃はふうっと脱力するように息を吐くと、ぺたりと背中を扉に預けて天井を見上げた。 「はぁ……大人だなぁ、朱雀って……でも、やっぱり放っておくことなんて、私にはできないよ……」  
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