幕間

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「──龍也君。絶対に、その華音ちゃんって子と仲直りしなさい!!」  “輝きの空”受付嬢の制服に身を包んだ、琥珀色の瞳と同じ色のカールヘアが特徴的な女性──鈴華(れいか)は、びしっと人差し指を龍也の鼻先に向け、強い口調でそう言う。  その言葉に、ギルドの隊服に身を包んだ龍也は目を瞬かせながら、思わず「……はい?」と抜けた声を零した。  * * *  時は少し遡り、休日の1日目──龍也が水乃に正体を明かした次の日。  龍也は“輝きの空”のギルドマスター──悠斗からの呼び出しを受け、“黒雷の戦神”としてギルドマスター室へと赴いていた。 「……なに、動きがない? それは本当なのか」 「ああ……記録したデータは“シリウス”にも確認して貰い裏付けを取ってある。これは確かな情報だ」  ソファーに腰を掛け、眼前のテーブルに広げられた報告書を手に取りながらそう眉を寄せる龍也。その言葉に、向かい合う形で座った悠斗は重い口調でそう頷いた。  ──展開された報告書は、ここ1ヶ月の間(ノウ)(スデ)(ィア)に派遣され監視任務に就いていた隊員が送ってきたもの。  先月、流れ着く形で東大陸(イースティア)に亡命した北の最高戦力── “シリウス”の口から明かされた、魔人の手によって北大陸が支配されてしまったという事実。  それを受けた悠斗は、各大陸の国家ギルド相当の組織と連携して奪還計画を立てるため、北の内情を探るべく本土に隠密行動を得意とする隊員を複数人派遣していた。  その隊員たちが1ヶ月に渡り集めた情報の数々──しかし、そこに魔人が動いた痕跡らしきものは一切見受けられなかった。 「そんなバカな……! 総帥を殺して“北斗七星(グランシャリオ)”を解体して、なにも動きがねえなんてコトがあるかよ!?」 「それは俺も同意見だが……しかし“シリウス”が言う限り、この報告書に挙げられた施設以外に魔人の拠点となり得る場所は無いという……。  それに、魔動機械関連の貿易は今日(こんにち)まで平常運転だ。(うち)を含め各大陸、北からの積荷は普段以上に厳しく検査しているが……今のところ異常は見受けられない」  報告書をテーブルに叩き付け、身を乗り出しながらそう声を荒げた龍也だが、悠斗は難しそうな表情でそう首を横に振る──暫しの沈黙の後、龍也は脱力するようにソファーに腰を下ろし、息を吐いた。 「……分かった。  また何か動きがあったら……いや、奪還作戦の目処が立ったら、教えてくれ」 「ああ……わざわざ休日に済まなかったな、“黒雷の”」  そう言い立ち上がる龍也に、悠斗は申し訳なさそうに眉根を下げそう返す。それに対して「別に、マスターが悪いワケじゃないさ」と言い、龍也はギルドマスター室を後にした──。  * * * 「“黒雷”君。今、時間あるかしら?」 「……? 鈴華さん、何か用?」  ため息を吐きながら1階、受付や掲示板のあるロビーへと降りた龍也は、不意に声を掛けられる──振り返ると、受付のカウンターから鈴華が琥珀色の髪を揺らしながら笑顔で手を振っていた。  龍也はフードの下で笑みを浮かべると、軽く手を上げカウンターへと足を向けつつそう聞き返す。鈴華は「まぁ、大した用事じゃないんだけど」と前置きしつつ言葉を続けた。 「今夜、仕事終わりに食事でもどうかしら? 本当は(つかさ)とも一緒が良かったんだけど……彼、帰還の目処が立ってないみたいだから」 「ああ……司さん、北に派遣されてるんだってね。さっきマスターから聞いたよ……まあ、“夜霧(やぎり)(らい)(げき)(しゅ)”に勝る隠密能力を持った魔導師なんていないからね、当然の人選か。  ──そういうコトなら、準備しておくよ」  途中残念そうに眉根を下げつつの鈴華の言葉に、龍也は先ほどの悠斗との会話を思い返しながら頷く──鈴華と司は結婚を前提とした恋仲であり、また司と龍也は正式な手続きこそ踏んでいないものの、義理の兄弟のような関係にある。  そのため、定期的に3人で食事や買物などを共にしているのだ──余談だが、龍也の私服のほとんどは買物ついでに鈴華が見繕ったものだったりする。  ──閑話休題。  龍也の言葉に、鈴華は笑顔で「じゃ、決まりね。また連絡するから」と言い、受付の奥へと戻っていく。それを見送った龍也は、準備をすべくギルド内の自室へと向かった──。  * * *  ──そして、冒頭に戻る訳だが。  皇都にある完全予約制の個室レストランで食事を楽しんでいた龍也と鈴華だが、ひょんなことから学園についての話題になった。  その流れで仲の良い異性の話となり、華音の名前を出したところで龍也は「鈴華さんになら話しても良いか」と、華音との関係と自身の過去の()()()()、そして現在はそれが理由で距離を置いている、ということを話した──それに対する返しが、先ほどの鈴華の言葉である。 「仲直り、って……いや、別に仲違いしてるワケじゃないんだけど……」 「同じよ! 理由も言わずに一方的に距離を置くなんて……仮に、私が司にそんなことされたら、悲しくって死んじゃうかもしれないわ……!」  気圧されつつもそう弁明しようとした龍也だが、言葉の途中で鈴華にぴしゃりと言い切られてしまう。  そして、およよと泣き真似をしながら言葉を続けた鈴華に、龍也はバツが悪そうに頭を掻きながら口を開いた。 「いや、まあ……けどそれは、司さんと鈴華さんがコイビトだからじゃないの?」 「それはあるかもね……けどさ、龍也君。  ──きみ、その華音ちゃんって子のこと、()()なんでしょ?」  龍也の言葉に、鈴華はどこか意味深な笑みを浮かべるとまるで腹の底を探るような瞳を龍也に向けてそう言う。  ──その言葉に、龍也は数秒の間硬直した。 「…………は?  っいや、まあ……好きか嫌いかって言われたら、そりゃ嫌いじゃないけどさ」 「アラ、玉虫色ね。けど、女の子は()()()()()じゃ満足しないのよ、龍也君?」  絞り出したような龍也の言葉に対し、鈴華は肘を着きながらそう言うと、すっ……と人差し指を龍也の襟元、第二ボタンまで外されたそこから覗く()()()()()()()()()へと向けた。 「そのネックレス……アクセサリーの類に一切興味がなかったきみが、魔導具でもないモノを()()()()身に付けてるってことは、その華音ちゃんって子と関係あるモノなんじゃないの?」 「ったく……相変わらず目がイイね、鈴華さん」  鈴華にそう言われた龍也は、目を閉じそっぽを向きながら襟のボタンを留める。そんな龍也の反応にクスッと笑みを零しつつ、鈴華は再び口を開いた。 「まぁ……今すぐに気持ちを確かなモノにしろ、とは言わないわ。けど、あっちが龍也君を気にしていることは事実なんでしょ?  なら、いつも通りに接してあげるべきだわ。無理に距離なんて取っちゃ、華音ちゃんって子が可哀想よ」 「けど、万が一俺が“戦神”だって勘づかれたら……」  大人の笑みを浮かべ諭すようにそう言う鈴華に、しかし龍也は難しそうに眉をひそめる。鈴華は、そんな龍也の言葉に「心配には及ばないわよ」と首を横に振った。 「きっと……その華音ちゃんって子は、龍也君のことしか見てないわ。“黒雷”君に憧れていることは事実かも知れないけど……恋って、きみの思う以上に盲目なのよ?」  そう言い「っと……話し込んじゃったわね。早く残りを頂きましょ」と、鈴華は食事へと戻る──そんな鈴華から視線を外し、龍也は天井を見上げ息を吐いた。 「恋……盲目、ねぇ……俺には分かんねえけどさ。  ──まあ、鈴華さんが言うなら、華音(アイツ)といつも通りに……親しく接しても良いのかもな」  
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