3131人が本棚に入れています
本棚に追加
「──ッ……、朝か……」
明るい日差しに照らされた部屋で、ベッドで寝息を立てていた少年が身体を起こした。
少年は目を擦りながらベッドから降り、壁に掛けられた時計を見る──午前8時。少年は気怠そうに伸びをしながら大きく息を吐くと、黒い髪の毛を無造作に掻く。そして欠伸をひとつ、ゆったりとした足取りで寝室を出て洗面台に向かった。
洗面台の前に立つと少年は蛇口を捻って水を出し、それを両手のひらで掬う。そして瞼に張り付く眠気を叩き落とすように勢い良く顔を洗った。
「── “大戦”の夢なんて、久し振りに見たな……お陰で目が覚めちまった」
前髪から雫を滴らせながら、少年は微睡みの中見ていた光景を思い出しながらそう呟く。そして手元に置いていたタオルで顔を拭くと、ぼうっと鏡に映った自分を見つめた。
──170代半ばほどの身長、ツンツンと癖のある黒髪は邪魔にならない程度の長さに切り揃えてある。少し釣り上がったその目は、しっかり開けば大きな“蒼い瞳”が特徴的たが、今──そして普段は気怠げな半開きである。
その顔立ちは年相応であり、自己評価は平凡。他者からの評価は概ね良好だ──最も、少年は自身の容姿の良し悪しをあまり気にしていないのだが。
──少年は、鏡の自分とにらめっこするのに飽きたのか、フッと笑みを零し踵を返した。
「……せっかくの休務だけど……まあイイか。早起きはナントカの得──とか言うからな」
少年は、ひとりそう呟き洗面所を後にする。
さて、とりあえず朝食でも作ろうかな。そう考えていた矢先、不意に扉をノッカーで叩かれた音が部屋に響いた──来客のようだ。
「ん……誰だ、こんな朝早くから?」
少年は眉を寄せながら、玄関に向かい扉を開けた。
「よう、起きてたか……龍也」
──そこには180以上はありそうな長身の、すらりと整った顔立ちの少年が立っていた。
項部辺りまで伸ばした蒼髪と、切れ長な目から覗く鋭い赤い瞳が特徴的なその姿を見上げ、少年──龍也は目を瞬かせる。
「なんだ、朱雀か。まあ、とりあえず上がれよ」
龍也は軽い口調で蒼髪の少年──朱雀を招き入れる。それを受けた朱雀は「邪魔するぜ」と軽く手を上げ、部屋に足を踏み入れた。
龍也は部屋の中央を陣取るテーブルを挟むように置かれたソファーの1つに腰掛け、朱雀は対角線上──空いている方に座る。
「で、なんの用だ? 俺まだ朝飯食ってないんだけどさあ」
「着替えてもないし、やっぱり起きたばっかりか……寝坊助め」
朱雀は、そう言う龍也の格好──黒で統一されたラフな部屋着姿をまじまじと見つめ、溜め息混じりに呟く。
そんな朱雀の言葉に、龍也はむっとした表情になった。
「なんだよー、今日は休務だぜ?
大体、お前が早起き過ぎるんだよ。いっつもさあ」
「まぁ……そうかも知れんが。
しかしだな龍也。俺たち“ギルド”の隊員はいつ何時でも有事に即応できるよう備えるのが──」
「あーハイハイ。わーったわーった。
俺がワルうゴザいました。今度からは早起きしますよーっと」
唐突に始まった朱雀の説教に、龍也はげんなりとした表情を浮かべると手の甲を上にしてヒラヒラと振りそれをあしらう。
そんな龍也に、朱雀は「全く……」と腕を組んで苦笑いを浮かべた。
“ギルド”とは、“魔法”を操り戦う者たち──通称“魔法士” が隊員として所属し、民間人に害をなす“魔物”の討伐や魔法を悪事に用いる犯罪者を取り締まるべく設立された組織の総称である。
朱雀を黙らせた龍也は、表情を戻すと膝の上で肘をつきながら口を開く。
「それで……別に説教しにきた訳じゃねえんだろ、朱雀?」
「む……と、言うと?」
「こんな早くに俺の部屋に来た理由だよ。なにか用事があるんだろ?」
龍也の言葉に、朱雀ははっとした表情になる──どうやら、忘れていたようだ。
「そういえば……そうだった。
龍也、ギルドマスター殿がお呼びだぜ」
「あん、マスターが?」
朱雀の口から“ギルドマスター”という単語が出た瞬間、龍也は露骨に嫌そうな顔をした。
そんな龍也の表情に、朱雀は苦笑を零す。
「ま……大方新しい任務かなんかだろうな?」
「はあ? 任務ってなあ……俺、つい昨日デカめの依頼片付けたばっかなんだけど?
──クソっ、あのぐうたらオヤジめ。面倒くさいシゴトは全部俺か朱雀に押し付けやがる……!」
憎々しげにそう吐き捨てる龍也に、朱雀は目を閉じ「……それはご愁傷様だな」と肩を竦めた。
──依頼、そして任務とはギルドで行なう仕事の総称である。この2つが大きく異なる点は、その緊急性と重要性だ。
依頼は、主に民間人がギルドに委託し掲示板に展開される仕事であり、その内容は魔物の討伐は勿論、魔草や鉱石の採取、軽いものであれば店番や大工手伝い、果てはペットの散歩など実に幅広い。
そして、それぞれ日時や期限が定められており、内容とそれを元にある程度自由に受ける仕事を選ぶことができる。
一方任務は、国やその重役がギルドに直接指令する仕事であり、そのほとんどが緊急かつ失敗は許されない重要なものである。
当然、難易度も並の魔法士では手が付けられないものばかりであるため、ギルドマスターの命令の元実力の保証された一部のギルド隊員が遂行するように定められている。
──閑話休題。
龍也は「チッ、仕方ねえな」と舌打ち混じりに呟くと、頭を掻きながら立ち上がり寝室へと戻る。
──それから1分もしない内に、黒シャツに黒のミリタリーズボンに着替え、足元まである漆黒のローブを羽織り再び姿を見せた。
最初のコメントを投稿しよう!