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「…………は?」
「ほう……?」
悠斗の言葉に、ぽかんと口を開け固まる龍也と意外そうな表情で目を瞬かせる朱雀。悠斗は、笑みを深めてさらに続ける。
「場所は“皇立聖嶺魔法学園”……朱雀も通っている、“中央国”最大の学園だな。
俺は聖嶺の学園長と知り合いでなー。事情を話して、お前の試験は免除して貰ったぞ!
えっと、それで始業式の日程はなー……」
「──って、いやいや! ちょっと待てェ!」
上機嫌でつらつらと言葉を並べる悠斗── “中央国”とは、東大陸の大部分を統治する“首都国家”と呼ばれる国であり、ギルド “輝きの空”はこの中央国直属の国家組織である。
──日程の確認のためか、悠斗が言葉を切り手元の書類に視線を落としたタイミングでようやく我に返った龍也は、慌てた様子でそう声を上げた。
「ん……なんだ? なにか問題でもあるのか?」
「大アリに決まってんだろ!」
頭に疑問符を浮かべている悠斗に、龍也はそう声を荒げた── 一方その隣では、完全に他人事だと理解した朱雀が澄まし顔で腕を組み、傍観を決め込んでいる。
「なんで今更この俺が学園なんかに行かなきゃなんないんだよっ!? 理由を言え、理由をっ!」
「えっと……なんでって、それはだなぁ……」
身を乗り出し獣のように唸る龍也に対し若干引き気味に身じろぎしつつ、悠斗は頬を掻き口ごもる。
──ちら、と。悠斗は視線を朱雀へと向けた。
それに気付いた朱雀は目を瞬かせると、フッと笑みを零し「やれやれ」という風に無言で肩を竦める。そして、わざとらしい大きなため息と共に口を開いた。
「ハァ……龍也お前、もしかして知らないのか?」
「あん? 知らないって……なにがだよ」
「今年から決まったことだが……中央国では16の年から学園の高等部に入学することが義務付けられたんだぜ。
……特に適性のある者は、優先的に“魔法学園”に入学するように、ってさ」
薄笑いと共に言われた朱雀の言葉──それを受けた龍也は「……はあっ!?」と声を上げ、思わずといった風に立ち上がった。
「はっ……初耳だぞ、そんなコト!?」
「あー……まだ国からは正式な発表は為されてなかったかな? まぁ、近いうちに国から大臣を通して通達されるだろ」
「うっ……嘘、だろ……?」
「残念ながら……本当だ」
驚愕を隠すことができず、唖然とした表情を浮かべる龍也──ぼすっ、と。脱力するようにソファーへと腰を落とす。
そして目を見開いたまま「え、マジなの?」といわんばかりに朱雀と悠斗を交互に見やる──まるで、ゼンマイの切れ掛けた玩具のような不自然な動きで。
そんな龍也の、まるでこの世の終わりのような表情を前に朱雀は思わず軽く吹き出し、半笑いのまま「ま、諦めろ」とその肩に手を置く。
悠斗も龍也の様子に苦笑いを浮かべつつ、口を開いた。
「ま、まぁ……そういう訳だからさ。始業式までに荷物とか必要なものは揃えとけよ、あそこは全寮制だからな。
そうだな、分からないことがあったら朱雀に聞きな?」
「学園の1学期は4月から始まるからな……後2ヶ月もあるんだ。
しっかり準備できるな……物も、心も。な?」
「おっおう……」
苦笑いの悠斗と心底愉快そうな朱雀に、龍也はそう気の抜けた返事をすることしかできなかった──。
──その日の夜。
「ハア……」
ボフッ、と勢い良く自室のベッドにうつ伏せに倒れ込んだ龍也は、ぼうっと虚ろな目を泳がせ少し横を向き「ぁぁあ……」と、呪詛でも吐いているのかと錯覚しそうな掠れた呻き声を漏らす。
「学園、かあ……憂鬱だ……」
そう呟いた龍也は、幸せが光の速さで逃げていきそうな盛大な溜め息を吐いた──……。
──時を同じくして、ギルドマスター室。
「いやぁー。さすがは朱雀だ、助かったよ。
……しかし、よくもまぁあそこまでナチュラルに嘘を吐けるな?」
「なにを……そっちが振っておいて人聞きの悪い……それに、なにも全て嘘って訳じゃないさ。
魔法学園の義務化は、いずれ法で決定されることだ……1年ほど予定が早まっただけでな」
デスクに腰を掛け、コーヒーカップを傾けながら薄笑いでそう言う悠斗に、ソファーに腰掛けた朱雀は足を組み直しながら嘆息混じりにそう返す。
何を隠そう、先ほどの朱雀の話──「16歳の学園入学の義務化」は、真っ赤な嘘である。
龍也に理由を問われ答に窮した悠斗の代わりに朱雀がその場で思い付いた、言ってしまえばデタラメだ。
ただ、完全なデタラメという訳でもなく、ここ最近中央国の官僚間で前向きに議論されている議題のひとつでもある──故に、信憑性のある嘘として龍也を言いくるめることができたのだ。
朱雀はテーブルに置いたコーヒーカップを手に取り、唇を潤す程度に口を付ける。そして一息つくと、再び口を開いた。
「さて……俺は龍也を言いくるめたんだ。
大臣どもを言いくるめるのはマスター、あんたの仕事だぜ……なぁに、龍也を学園に通わせるためとでも言っておけば、あの方は……皇陛下は喜んで押印するだろう」
「大臣たちはともかく……皇陛下ならそうなるだろうなぁ。
あの方は他の誰よりも……龍也に普通の生活を送って欲しい、と……そう願っているからな」
「フッ、そうだな……」
悠斗の言葉に頷きながら、朱雀は再びコーヒーカップに口を付ける──自分が通っている学園に、龍也が入学する。その未知なる刺激に、朱雀は頬を緩めずにはいられなかった──……。
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