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その後、1ヶ月も経たぬ内に国から学園の義務化の旨が通達され──気づけば更に時は流れ、学園の始業式の日となった。
両手に宝珠を携えた龍を形取った、一対の大きな石像が一際目を引く校門の前に、学園指定の制服姿の朱雀と黒い薄手のジャケットと黒のミリタリーズボンという私服姿──まだ制服をもらってない──の龍也が立っていた。
「ここが俺たちの学園だ」と涼しげな表情で言う朱雀に対し、龍也は不機嫌さを隠すことなくげんなりとした表情で眉間に皺を寄せている。
ちなみに、朱雀は中等部の頃から学園に通っている。理由は「面白そうだったから」とかなんとか。
──それはさておき現在時刻は午前7時45分。始業式開始までまだ1時間弱はある。
「ああ……帰りたい……」
「諦めろ。学園は俺たちの義務なんだ」
「──ハッ! 義務う?
そんな単語は俺の辞書に存在しない! だから帰る! なんなら“戦神”の権力で──ッ!」
この期に及んで駄々をこねる龍也に、朱雀は「やれやれ……」と肩を竦めながらため息を吐く──と、がしっと龍也の襟首を掴んだ。
軽く首が締まり「うぐう」と声が詰まる龍也。朱雀はそんな龍也の様子に見向きもせず、そのまま口を開く。
「じゃ、さっさと学園長のところに挨拶しに行くぞ── “転移”」
「え"、ちょっ、まっ──」
呻き混じりの声で制止を求める龍也を無視し、朱雀は“転移”を発動する──龍也を掴んだまま、その場から一瞬で姿を消した。
── “転移”とは、詳しい概要は割愛するが簡単にいえば行きたい場所に瞬間移動できる、便利な魔法である。
龍也と朱雀は、次の瞬間には巨大な観音開きの扉の前に降り立っていた。
木目調の床板に白塗りの壁、等間隔に設置された落ち着きを感じさせる木製の格子入りの洋風窓──学園の校舎内に連行された。そう理解したと同時に、龍也はがっくりと肩を落とした。
「さて、時間が惜しいから早く話を済ませようか」
そんな龍也の様子などお構いなしに、朱雀はそう言いながら襟首から手を離すと、眼前の扉を3回ノックする。
「はい、どうぞ」と、返事はすぐに聞こえた。
朱雀は姿勢を正すと「暁 朱雀です、失礼します」と、ギルドマスター室の時とは大違いの態度で扉を開く。
龍也も、蚊の鳴くような声で「……失礼シマス」と呟きながら朱雀に続いた。
「……やぁ。待っていたよ、朱雀君。
──で、そちらの君が、黒宮 龍也君だね?」
朱雀と龍也が部屋に入るなり、ゆっくりと椅子から腰を上げながらそう口を開いたのは、ダークカラーのスーツに身を包み、背中辺りまで伸ばした金髪を1つに括った男性。その瞳も金色で、少し細めの目はなんとなく狐を連想させる。
その口元には柔らかい笑みを浮かべており、色白の肌も相まって繊細な彫刻のような美しさを感じさせる。
そしてなにより、外見から伺える年齢はギルドマスター ──悠斗と同程度であると龍也の目には映った。
学園長を名乗るにしては、かなりの若さだ。
「なあ朱雀……この人が学園長なの?」
「ああ、そうだぞ」
「ヘエ、若えな……」
意外だと言わんばかりに目を瞬かせる龍也──学園の長だというのだから、もっと年老いていたり白い髭が生えていたり、杖を持って「フォッフォッフォッ」と笑っていたりするような人物を想像していたので、素で驚いていた。
学園長は驚きの表情を浮かべる龍也にクスッと笑みを零すと、ゆっくりと歩を進め眼前に立つ。
「初めまして、黒宮 龍也君。
僕が、この皇立聖嶺魔法学園の学園長……如月 冬也だ。以後、よろしくね」
(如月……? 十二の一族の一員が学園長なのか……まあ、どうでもイイか)
学園長──冬也は、名乗りながらすっと綺麗な動作で龍也に手を差し出した。
龍也は、冬也が名乗った “如月”という名字にピクりと眉を寄せ心中で訝しげに呟くが、すぐに表情を戻すとぎこちない動作で応じる。
「えーっと、その……龍也デス。ヨロシク、オネガイシマス?」
握手しながら、いかにも慣れていない様子の敬語でそう言う龍也──隣では、朱雀が片手で顔を覆い呆れたようにため息を吐いている。
そんな固い表情の龍也に、冬也は「フフ……聞いていた通りだね」と笑みを零した。
「君のことは悠斗から色々伺っているよ。
だから、僕に対して無理に敬語を使わなくても構わないよ……龍也君?」
手を離しながらの冬也の言葉に、龍也は幾分か明るい表情を浮かべた。
「あっ、そう? それじゃあ遠慮なく。
……堅っ苦しくて苦手なんだよねえ、敬語ってさ」
1ミリもの遠慮も躊躇もなく一瞬で態度が変わった龍也に、冬也は「うん、よろしい」と柔らかい笑みを浮かべ、朱雀は「全くこいつは……」と苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
不意に、冬也はなにかを思い出したように「おっと……」と声を漏らす。
「そうだ、まだ渡せてなかったね……これが君の制服だよ。あの部屋で着替えてきてくれ」
冬也は部屋の隅に位置する「資料室」と書かれたプレートの下にある扉を指差しながら、右手の指を弾いて鳴らす。すると、龍也の頭上にどこからともなく大きめの紙袋が現れた── “転移”の、ちょっとした応用だ。
手品紛いのそれに驚きを見せることはなく、龍也は紙袋をキャッチする。
「はあー……ついにか。制服って嫌なんだよな、響きが窮屈でさあ……」
紙袋の中を覗き込み、肩を落として龍也はそう呟きながら資料室へと向かう。
──扉を閉めるその背中を見届けつつ、冬也がポツリと呟いた。
「あれが“黒雷の戦神”……世界最強の魔導師、ね」
「そうは見えませんか?」
朱雀が肩を竦めながら尋ねると、冬也は苦笑いで「失礼ながらね……」と頷く。
「君は、“蒼焔の剣凰”と言われれば納得もできるんだが……彼の場合はそんな様子が微塵も感じられないな……」
「まぁ、かの大戦の英雄があんな気怠げな人間とは思いもしないでしょう……無理もない。
──最も、普段は……ですけどね」
2人がそんなことを話しているうちに、資料室の扉が開き龍也が姿を見せる。
左胸のポケットに金糸で宝珠を持った龍の刺繍が施された黒いブレザーに、紺色のズボン。白いカッターシャツに緋色のネクタイと、オーソドックスな外観の制服である──ちなみに、校門前や制服の刺繍で見られる宝珠を持った龍は、この学園のシンボルであり守り神だ。
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